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昼休みの終わり、教室に妙な静けさが漂っていた。
ざわめきがぴたりと止まり、誰かが意図的に“音”を抜いたようだった。
遥は、自分の机の上に置かれたノートを見つめていた。
そこには、誰かの字で書かれた一文があった。
──「よくも言えたな」
それが誰の字なのか、考えるまでもなかった。
昨日から続く“視線”が答えだった。
教師も、生徒も、誰も直接は言わない。
けれど、誰もが知っていた。
あの日、遥が日下部の家庭のことを口にしたことを。
“言わされた”形であったことも、わざと無視されていた。
「……おい、次、発表お前な」
授業中、教師が名指しで言う。
声にはわずかな皮肉が混じっていた。
遥が立ち上がると、前の席の生徒が小さく笑った。
「親ってさ、子どもに似るよな」
囁くような声。
遥の足が止まる。
教室の空気がわずかに波打つ。
教師は何も言わない。
ただ黒板にチョークを走らせながら、すべてを“聞こえないふり”で通す。
その無関心が、いちばん残酷だった。
遥は、教科書を握る手に力をこめる。
何か言えば、また誰かが傷つく。
黙っていれば、自分が壊れていく。
どちらを選んでも、出口はない。
蓮司の席から、紙が滑るように落ちた。
白い紙片が床に転がり、遥の足元で止まる。
拾い上げると、そこには短い言葉があった。
──「耐えろ」
その文字は、命令にも、祈りにも見えた。
けれど、遥の心にはもう何の意味もなかった。
「耐えること」が正しいと信じてきた。
その結果が、これだった。
授業の終わりの鐘が鳴る。
クラスのあちこちで笑い声が上がる。
遥はその中で、ゆっくりと席に戻る。
蓮司が窓際で腕を組んで立っていた。
目が合う。
蓮司の表情は、冷たくも優しくもない。
ただ、“見届けている”。
その視線に、遥の胸が痛んだ。
何もしていないのに、何かを壊しているような感覚。
それが、この世界のルールだった。
誰も直接は殴らない。
けれど、確実に潰されていく。
静かな支配。
沈黙の暴力。
教室の隅で、チョークの音がまた鳴る。
黒板には、消されない言葉が残っていた。
──「よくも言えたな」
遥はその文字を見つめたまま、呼吸の仕方を忘れていた。