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ととせ
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それでも、広場は祭りのようだった。
広場は、朝から熱を帯びていた。
人、人、人。
石畳の隙間まで埋め尽くすように、民衆が集まっている。
果物売りが声を張り上げる。
子どもが肩車され、笑っている。
酒の匂いが漂い、どこか祭りのようですらあった。
――処刑の日だというのに。
「王だぞ、本当に来るのか」
「やっと終わるんだ」
「これで俺たちの時代だ」
誰もが、自分の言葉で正義を語っている。
やがて、ざわめきが波のように揺れた。
視線が一斉に、断頭台へ向く。
連行されてきた男は、王冠を失ってなお、王だった。
罵声が飛ぶ。
石が投げられる。
笑い声が混じる。
それでも彼は、足を止めない。
その姿を見て、歓声は一瞬だけ揺らいだ。
――ほんの一瞬だけ。
「殺せ!」
誰かの叫びが、再び空気を塗り替える。
群衆は一つの声になる。
怒りも、恐れも、期待も、すべてを混ぜて。
それはもはや人ではなく、
“流れ”だった。
現れたのは
足に囚人の輪をはめられた王――ヨシュアだった。
鎖が鳴る。
その音に、群衆のざわめきがわずかに強まる。
だが王は、顔を上げた。
その目は、輝きを失っていない。
むしろ――
静かに、すべてを受け入れた者の光を宿していた。
一歩。
石段を踏みしめる。
また一歩。
嘲りも、罵声も、彼の足を止めない。
処刑人がわずかに目を逸らした。
――なぜだ。
なぜ、この男は。
ここまで来てなお、王でいられる。
群衆の声が、ほんの一瞬だけ揺らぐ。
それでもヨシュアは、迷いなく登り続けた。
断頭台の前に ヨシュア王がいる
王ヨシュアは胸を張り、
群衆すべてに届くよう、声を張り上げた。
「予を処刑するそなた達を許そう。
願わくば、この国のすべてのものに――
神のご慈悲と祝福を」
その声は、広場の隅々まで届いた。
罵声が、一瞬だけ途切れる。
誰かが言葉を失い、
誰かが目を逸らし、
そして誰かが、拳を強く握り直す。
静寂は、ほんの刹那。
やがて再び、怒号が押し寄せる。
それでもヨシュアは、微笑んでいた。
(サイラス、すまない。ここまでのようだ)
ヨシュアは、わずかに視線を落とした。
群衆の中。
ただ一人、動かぬ影がある。
誰も気に留めない。
だが――
ヨシュアだけは、それを見つけていた。
薄汚れた外套。
そして、片腕。
その男は、何も言わない。
ただ、すべてを見ていた。
ヨシュアは、ふっと息を吐く。
そして――
微笑んだ。
(頼むぞ)
話は1年前にさかのぼる…
ヴァンガルド帝国の侵攻に始まった祖国防衛戦争
――青野ヶ原の戦い。
王国は勝利した。
だがその勝利は、あまりにも高くついた。
北部は焼けた。
畑は踏み荒らされ、家々は崩れ、
春を迎えても、種を蒔く者すら残っていない村もあった。
生き残った者たちは、ただ黙って空を見ていた。
――勝ったはずなのに。
なぜ、自分たちはこんなにも失っているのか。
王国を支えていた七大領主もまた、
この戦で多くを失った。
没落し、あるいは滅び。
残された権力は、王へと集中していく。
それは必然だった。
だが――
その負担を支えきれるほど、王家は強くはなかった。
税は上がり、兵は求められ、
それでもなお、足りない。
誰もが気づき始めていた。
この国は、何かを間違えたのではないかと。
北部の法律家、ベンガルは王に一つの献策を行った。
農民の負担を軽減するため、
貴族と僧侶にも応分の負担を求めるべきだと。
そのために――
それぞれの代表を集め、話し合いの場を設け、
新たな税の仕組みを作るべきだと。
それは、理にかなった提案だった。
そして――
王ヨシュアは、それを受け入れた。
だが。
貴族たちは笑った。
「なぜ我らが払う必要がある」
僧侶たちは首を振った。
「これは神の定めに反する」
話し合いは、始まる前から終わっていた。
北部の代表は沈黙し、
やがて席を立った。
その日を境に、
“言葉で変えられる”という希望は、
静かに死んだ。
はずだった
北部農民の代表団、その末席に――
一人の男がいた。
会場が崩れかけている。
貴族は席を立ち、僧侶は顔を背け、
誰もがこの場を「終わったもの」としていた。
そのときだった。
「――お待ちください」
よく通る声が、空気を止めた。
男は、ゆっくりと顔を上げる。
「聡明なる国王陛下が、
我々の意見を無視するわけがない」
何人かが足を止めた。
「我々が次にやることは明白です
全国から代表を選び、議会をつくるのです。
法を、議会で決めるのです」
ざわめきが広がる。
「そして――議会で決まったことを、
国王陛下に認可していただき、すみやかに実行に移す」
それは、あまりにも理にかなっていた。
誰も反論できない。
「……もし、国王が認めなかったら?」
誰かの声が、震えていた。
男は、わずかに笑った。
その笑みは、優しく――
どこか冷たかった。
「そのときは」
一拍。
空気が凍る。
「議会が軍を持てばいい」
ざわめきが、一瞬で変わる。
「我々一人ひとりが軍となるのです」
誰かが息を呑む。
「我々が徴税官であり、警察であり、軍隊となる」
言葉が、刺さる。
「もはや――」
男の声が、広間を支配した。
「国王ではない」
一歩、踏み出す。
「我々こそが、この国の主人公なのです!」
静寂。
そして――
誰かが、拳を掲げた。
「……そうだ」
もう一人。
また一人。
やがて、声が広がる。
「我々が――」
「主人公だ!」
その瞬間、
この国の何かが、確かに変わった。
男の名は、アダム。
その瞳に宿るものが、正義だったのか――
それとも狂気だったのか。
このとき、まだ誰にも分からなかった。
ただ一つ確かなのは、
彼がこの国を――
正しく壊していく存在になるということだけだった。
ベンガルは、間違っていなかった。
あの場にいた誰もが、
それぞれの正しさを持っていた。
だからこそ、
止めることができなかった。
「あのとき、誰も間違っていなかった。
だからこそ、この国は壊れたのだ。」
後年、サイラスはそう述懐している。
報告を聞いたヨシュア王は、
執務室で財務大臣ネスレと向き合っていた。
机の上には、積み上げられた帳簿。
そのすべてが、同じ結論を指している。
――足りない。
いくら削っても、足りない。
いくら集めても、追いつかない。
ヨシュアは、額を押さえた。
「議会、か……」
小さく呟く。
「そんな大掛かりなもの、
今のこの状態でできるわけがないだろう」
ネスレは、しかし目を逸らさなかった。
「いえ、陛下」
静かに、しかしはっきりと答える。
「これは――機会かもしれません」
ヨシュアの手が止まる。
「長年、七公や領主貴族に阻まれてきた財務問題。
それを、議会の力で解決できる可能性があります」
沈黙が落ちる。
それは、希望の形をしていた。
だが同時に――
「……貴族を敵に回す、ということか」
ネスレは、否定しなかった。
ヨシュアは、しばらく目を閉じた。
選ばなければならないことは、分かっていた。
どちらを選んでも、何かが壊れることも。
国王の宣言により華々しく開かれた議会は、
当初から波乱を極めていた。
本来は、ネスレ財務長官の提案による
財政再建のための新税を協議する場であったはずだ。
だが、議題はたちまちそれを逸脱していく。
治安維持を名目とした民兵団の創設。
王都警備にあたる国王軍の解除、あるいは解散。
民事・刑事双方における罰則の強化。
裁判の簡易化。
議会の名のもとに、
ありとあらゆる法案が国王のもとへ送られてきた。
「こんなもの、飲めるわけがない」
ヨシュア王がそう吐き捨てたのも、無理はなかった。
だが、その拒絶こそ――
アダムが待ち望んでいたものだった。
広場に立ったアダムは、群衆を前に声を張り上げる。
「国王は、我々が我々の暮らしをよくするための提案を、ことごとく拒否した!」
「我々の暮らしを守ろうとしたネスレ財務長官は、牢へ入れられた!」
「もはや国王に法を持たせてよいのか!」
群衆がざわめく。
怒りと不安が、じわじわと熱を帯びていく。
アダムは間を置かず、さらに声を強めた。
「王は、我々を議会から追い出すために、王都へ軍を入れようとしている!」
「日々の食べ物にさえ窮している我々を、剣と弓で追い立てようとしている!」
「これが許されるか、諸君!」
怒号が返った。
「許されない!」
「王は我々の食料をチェス城に隠している!」
「取り戻そうではありませんか!」
「我らの食料を!城を開き、ひとしく皆に配るのです」
アダムはこの時を待っていた。
王が、自分たちの要求を拒むその瞬間を。
ネスレは投獄されていない。
チェス城にあったのも、食料ではない。
そこにあるのは、王国軍の武器庫だった。
だが、もう誰も、真実のためには動いていなかった。
「ガイロ将軍、ご同行を」
「……俺がか。何の罪だ」
憲兵は一歩も引かずに告げる。
「議会の許可なく、第一師団を王都近郊へ呼び寄せた罪です」
ガイロは鼻で笑った。
「ふん……そうか」
わずかに肩をすくめる。
「俺一人でいいな。第一師団は解散させる」
「他の者に逮捕状は出ておりません。それで結構です」
「……王は間違えたな」
ガイロはぼそりと吐き捨てる。
「なんでこんな胡散臭い連中を、王都に呼び込んじまったのかね」
一拍。
「エスカミオは捕まったか?」
「答える必要はありませんが――すぐに捕まるでしょう」
その返答に、ガイロの口元が歪む。
「くっくっ……逃げたか」
視線が鋭くなる。
「じゃあ、軍師も逃げたな」
憲兵の眉がわずかに動く。
ガイロは続ける。
「まったく……どうして悪いやつってのは、
次から次へと湧いてきやがるのだろう」
「――いや」
自嘲気味に笑った。
「そう見えるだけ、か」
「国王陛下、こちらの法にご署名を」
議員ジュールは、女のように整った顔で、冷ややかに言った。
「君たちのやり方は間違っている」
王は、ゆっくりと首を振る。
「自由とは、暴力を肯定するものではない。
義務と責任を負うものだ」
一瞬の静寂。
ジュールは、わずかに笑った。
「――その義務と責任を」
一歩、踏み出す。
「あなた方が“持つ”だけで」
声が低くなる。
「我々が戦地で死に、
粗末な食事にもありつけぬ
境遇に落とされることに――」
その瞳が、王を射抜く。
「……もう、耐える理由がないのです」
「お初にお目にかかります、サイラス殿」
「君がアダムか」
身長の高い声の透き通る男と片腕の男は会った
「わが議会への軍として
ご協力願えませんか」
「断る。君たちの議会は粗暴だ」
「僕は王国の臣民であることに誇りを持っている」
「議会に対する反逆罪で捕らえてもいいのですよ」
「君たちの作る法には、慈悲がない」
「法には慈悲が必要だと思わないのか」
「――あなたに、慈悲を問われるとは」
アダムは一歩、踏み出す。
「私の名はアダム。
その瞳が、サイラスを射抜いた。
「あなたに矢で串刺しにされた男の、息子だ」
一瞬。
サイラスの視線が、わずかに揺れた。
「……ユンナ、逃げるぞ」
「えっ、どこに――」
言葉の途中で、扉が破られる。
憲兵隊がなだれ込んできた。
次の瞬間、窓が砕け散る。
サイラスは迷わず飛び出した。
「二度目か……」
その背を、アダムは見送る。
「次は、逃がしません」
外では、ざわめきが広がっていた。
「まずい……陛下の身が危ない」
その静けさに、エスカミオは足を止めた。
「……おかしい」
近衛隊長の目が、部屋の隅々をなぞる。
あるはずのものがない。
あるべき気配が、消えている。
そばにいたルドが問う。
「どうしました」
エスカミオは、即座に答えた。
「非番の者も含め、全員に伝えろ」
振り向く。
「王都を脱出しろ」
ルドの顔が固まる。
「なにか――」
「起きている」
短く断じる。
「嫌な“気配”だ」
一拍。
「……それと」
エスカミオの声が、さらに低くなる。
「近衛服は脱いでいけ」
王都のあちこちで
群衆は暴発していた
チェス城の武器庫は破られ
暴動は王都全域に拡大しつつあった
群衆のざわめきが、やがて静まる。
アダムは一歩、前に出た。
「本日――国王は」
背後の王宮を振り返る。
「この王宮において、逮捕された」
どよめきが走る。
「我々に重税を課し、
我々の苦しみを顧みることもなかった」
声は静かだが、よく通る。
「その姿に、我々は失望した」
一拍。
「また――」
視線が群衆をなぞる。
「王に媚び、我々の犠牲の上で
贅沢に溺れていた者たちも、同様に拘束した」
ざわめきが、歓声に変わり始める。
「だが中には」
わずかに口元が歪む。
「なかには立派な言葉を並べながら、
馬車一台で逃げ出した者もいる」
笑いと怒号が入り混じる。
アダムは、ゆっくりと手を上げた。
静寂。
「――私は、ここに宣言する」
その声が、広場を貫いた。
「グラツィア共和国の樹立を」
歓声が爆発する。
「なお暫定ではあるが――」
一瞬だけ、間を置く。
「私、アダムが、大統領としてその責を担う」
どよめき。
だが、すぐに拍手がそれを飲み込む。
「自由であり、平等であり、豊かである」
言葉を刻むように。
「そんな国を――」
群衆を見る。
「我々自身の手で、築こうではありませんか」
歓声。
拍手。
熱狂。
その中心で――
怪物は、生まれた。