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蝶舞(かれん)@常にスランプ
#女主人公
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革命は、正しかったはずだった。
だが――それはやがて、
人を裁き、国を裂き、
“怪物”へと変化していく。
アダムは、矢継ぎ早に軍政改革を指示していた。
国王に忠誠を誓う旧王国軍は解体。
代わって掲げられたのは、
「自らの国は、自らの手で守る」という理念だった。
その名のもとに――
国民皆兵の実施が決定される。
各地から、農民たちが集められた。
鍬を置き、槍を握る者たち。
まだ土の匂いを残したままの手で、戦列に並ばされていく。
それは、希望だったのか。
それとも――
その日、北部は英雄ではなく、決意を迎え入れた。
北の砦の門は、まだ半ば閉ざされていた。
外では、ざわめきが膨らみ続けている。
「来るぞ……」
「本当に、あの人が――」
城壁の上、兵たちが身を乗り出す。
やがて――
重い音を立てて、門が開いた。
冷たい風が、砦の中へ流れ込む。
その先に、一騎。
黒い軍馬の上に、ひとりの男がいた。
旗は掲げていない。
だが、誰もが知っていた。
「……サイラスだ」
その名が、誰かの口から漏れた瞬間――
堰を切ったように、歓声が爆発した。
「サイラス様だ!」
「祖国を救った英雄だ!」
「我らの将が帰ってきたぞ!」
兵も、民も、身分を忘れて叫ぶ。
その声は、砦の石壁を震わせ、空へ突き上げられていく。
だが――
その中心にいる男は、ただ静かに進んでいた。
歓声に応えることもなく、手を振ることもない。
ただ、まっすぐに前を見ている。
その視線の先には、砦の奥――王都へと続く道。
やがて馬が止まる。
門の内側、整列した兵たちの前。
誰かが号令をかけようとした、その時。
サイラスは、ゆっくりと馬を降りた。
鉄靴が石畳を打つ音が、やけに大きく響く。
歓声が、すっと収まった。
誰もが、次の言葉を待っている。
サイラスは、一度だけ周囲を見渡した。
懐かしい顔もあれば、見知らぬ顔もある。
だが――そのすべてが、同じ目をしていた。
「……遅くなった」
静かな声だった。
それでも、はっきりと届く。
「だが、戻った」
一拍。
風が旗を鳴らす。
「これより先――」
その声が、わずかに低くなる。
「この国は、もう一度戦う」
誰も声を上げない。
だが、誰もが理解していた。
これは、命令ではない。
覚悟の共有だ。
サイラスは再び馬に跨る。
振り返らない。
ただ前へ。
その背に、誰もが従うように――
兵たちが、静かに動き出した。
歓声が引いたあとの空気は、妙に澄んでいた。
サイラスは馬を進めながら、隣に並んだ老将に目を向ける。
ローガンは、いつものように肩の力を抜いた顔で口を開いた。
「今回は厄介そうじゃの?」
「内戦だからね」
サイラスは前を見たまま答える。
「避けられそうにない」
短いやり取りだった。
だが、その言葉が意味するものを、互いに理解していた。
外敵ではない。
同じ国の人間と刃を交えるということ。
守るべきものが、はっきりしない戦い。
ローガンは小さく息を吐いた。
「……まったく、年寄りには骨が折れる話じゃ」
サイラスは、わずかに口元を緩めた。
だが次の瞬間、その表情は消える。
砦の中央広場。
すでに兵が整列し、伝令が控えていた。
サイラスは馬を止める。
「文面は」
一人の士官が前に出る。
「はっ。すでに各所へ通達の準備が整っております」
サイラスは一度だけ頷いた。
そして、静かに言った。
「送れ」
その一言で、すべてが決まった。
やがて、北の砦からの通達が各地へと走る。
北の砦は、新政府への帰属を拒否し、
国王陛下の即時解放を要求する。
グラツィア王国 軍師 サイラス・イシス
それは宣言だった。
もはや交渉ではない。
「今や王の座は空席も同然! 王弟閣下、今こそ王位につき――」
マイル伯の声だけが、やけに軽かった。
ロドリゲスとセイゴは、何も言わない。
「ほれ、お前たちも進言せぬか。この不忠者どもめが」
セイゴはそっぽを向く。
(こいつ……俺に言わせる気だな)
ロドリゲスはゆっくり口を開いた。
「新政府は、財政的に詰んでいます」
「泥舟です」
「王家ですら耐えられなかった負担を、民衆政府が耐えられるはずがない」
「……遅すぎたのです」
声が震えた。
「せめて、もう少しだけはやくこの財政負担の問題にだけでも手を付けてさえいれば――」
「国王陛下は、この国の未来を議会に託していたかもしれない」
ロドリゲスは泣いていた
嗚咽が混じる。
「残された道は一つ」
「このバラバラになった国を、もう一度まとめ――」
「侵入してきた三国すべてを撃退するしかない」
「そんなこと……誰にもできないじゃないですか」
「歴史は残酷だ」
ロドリゲスは涙を拭おうともしない。
「数学なら誰でもわかる答えを、人の心が歪めていく」
沈黙。
セイゴが、そっと肩に手を置く。
王弟カスティーユ公がマイル伯に静かに言った。
「予に王冠を勧めるな」
「兄がその重さに耐えていたことを、予は知っている」
「兄は言っていた」
「玉座とは――細い糸で垂れた剣を、頭上に見上げ続ける椅子だと」
「予は……そんな兄が不憫でならぬ」
マイル伯は、何も言えずに下がった。
「予は新政府には与さぬ」
「ドーン・セイゴ、騎兵200騎を率いて
北部砦の軍に合流し、軍師殿の指揮下に入れ
兄を救ってくれ」
「はっ命に変えましても」
「門を閉じ、戒厳令をひけ!
戦争の準備を」
王弟カスティーユ公は
その誰にもできないことを
託せる人間を思い浮かべていた
南の砦の前に、国民軍が集まっていた。
統一されていない装備。
粗末な槍。
まだ泥の乾ききらぬ靴。
リハクは城壁の上からそれを眺め、鼻で笑った。
「……なんじゃこれは」
隣の副官が息を呑む。
「敵軍、です」
「敵、のう」
リハクは顎に手をやる。
「わしには、服装も揃えられん子供の集まりにしか見えんが」
城壁の下から、声が飛ぶ。
「砦を引き渡せ! これは共和国の命令である!」
リハクは少しだけ身を乗り出した。
「ほう」
「くれてやってもよいぞ、この砦くらい」
兵たちがざわつく。
副官が思わず口を開いた。
「よろしいのですか!?」
リハクは笑った。
「どうせ、長くは持たん」
そして、ゆっくりと続ける。
「――スカーレットの嬢ちゃんたちが来る」
その名に、空気が変わった。
「知っておるのかの?」
答えは返ってこない。
リハクは興味を失ったように背を向ける。
「よし、解散じゃ」
「……は?」
「砦はくれてやると言うておる」
「命を捨てる価値はない」
その言葉は、あまりにもあっさりとしていた。
兵たちは戸惑いながらも、やがて武器を下ろす。
門が開く。
誰も戦わないまま、砦は明け渡された。
同日、同様に
西の砦も武装解除された。
リハクは振り返らなかった。
ただ一人、北へ向かって歩き出す。
その背に、戦の匂いはなかった。
数日後。
この南の砦は、スカーレット軍・エレン隊によって奪取される。
国民軍は、ほとんど抵抗できなかったという。
宰相ラディスは、グラツィア王国の異変を察知すると、ただちに皇帝へ報告を行った。
「……以上が、現時点で判明している情報でございます」
静まり返った謁見の間。
皇帝はしばし沈黙し、やがて口を開く。
「民衆の政治参加、か」
「思い切ったことをする」
わずかに目を細める。
「――で、その結果がこれとはな」
その声音に、驚きはない。
ただ、興味と軽い侮りだけがあった。
ラディスは一歩進み出る。
「陛下。問題は結果ではございません」
「この種の思想が、帝国内に流入することこそが危険でございます」
「……ほう」
「王を否定し、民が国家を動かすという考え」
「それは、いずれ帝国そのものを揺るがしかねません」
短い沈黙。
皇帝は、玉座の肘掛けを指で軽く叩いた。
「兵を出すか」
ラディスは即答しない。
「まずは――対グラツィア大同盟の結成を」
「周辺諸国と歩調を合わせ、情勢を見極めるべきかと存じます」
皇帝は、ゆっくりと頷いた。
「火は、遠くで燃えているうちは美しいものだ」
「よかろう」
「そうせよ」
その一言で、方針は定まる。
帝国は、まだ動かない。
だが――確実に、戦の外縁に足を踏み入れていた。
王都の外れ、静かな丘に立つ墓標の前。
女王は、一人でそこにいた。
「……ジャスミン」
風が、花を揺らす。
「天で、良人と再会できたのであろうか」
応える者はいない。
「ゼイオンは倒した」
「そなたの助けがあってこそじゃ」
わずかに目を伏せる。
「正しきことを為して、何かを失う――」
「それもまた、定めなのであろうか」
沈黙。
「……そなたを失うと知っておれば」
「妾は、あの戦に行かなかったやもしれぬ」
その言葉だけが、本音だった。
背後から、控えめな声がかかる。
「陛下」
サクラだった。
「姉は――女王陛下と過ごした日々を、誇りに思っておりました」
「どうか、お気に病まれませぬよう」
女王は振り返らない。
「……強いのう、お前は」
やがて、静かに歩き出す。
執務室。
戻った瞬間、空気が変わる。
「報告を」
側近が一歩進み出る。
「グラツィア王国にて異変。国王は拘束、新政府が樹立され――」
「……あの男は?」
言葉を遮る。
「王都を脱出した模様にございます」
女王は、わずかに鼻で笑った。
「ふん。相変わらず、忙しい男じゃ」
そして、椅子に腰を下ろす。
「民を守るのが王の務めぞ」
低く、言い切る。
「王を殺すのは、王になりたい者だけじゃ」
「それを正義と呼ぶかの」
短い沈黙。
「……エレンに命じよ」
視線が上がる。
「王国へ侵攻せよ」
一切の迷いはない。
「その“正義”とやらの強さ――」
わずかに口元が歪む。
「試してくるがよい」
その命は、私情ではない。
王としての判断だった。
商王カルドは、グラツィア王国の異変の報を受けると、椅子にもたれたまま目を細めた。
「戦争する奴も阿呆だが――」
「金の計算もできねえ奴は、もっと阿呆だ」
指先で机を軽く叩く。
「で、なんだっけ」
「アダム、だったか」
鼻で笑う。
「俺が王さんに四億ディナール貸してるの、知ってんのか?」
ククルースが言葉を探す。
「でも……親分」
「カルド“国王陛下”と呼べ」
即座に訂正が飛ぶ。
「うちはもうヤクザじゃねえ」
「これからは、格式ある“国”になるんだよ」
ククルースは頭をかいた。
「でも、その……」
「みんなが平等で、飯にも困らなくて、幸せになれる国って……」
「本当にできるんですかね」
カルドは一瞬だけ黙る。
そして、吐き捨てた。
「理想で飯が食えるかよ」
短い沈黙。
ククルースが苦笑する。
「でも親……陛下だって」
「昔、“大陸とるぞー”って言ってたじゃないすか」
カルドは鼻で笑った。
「ばーか」
「俺の場合はな――ワンチャンあったんだよ」
目が、わずかに鋭くなる。
「夢を語るのは勝手だ」
「だがな」
「口だけで、力も金もねえ奴の夢に」
「誰が命預ける?」
その言葉には、経験が乗っていた。
国王逮捕後、国内は混乱に陥った。
ヴァンガルド帝国、スカーレット王国の侵攻。
北の砦の反乱。
深刻化する食料不足。
そのすべてが、新政府を締め上げていた。
だが何よりも――
祖国防衛戦争における英雄、
サイラス・イシスを支持する声の大きさが、
アダムの心を打ち砕いていた。
「……なぜだ」
「なぜ、あの男が」
「なぜ、まだ王を求めるのか」
「なぜ、私の方が正しいはずなのに」
拳が震える。
「なんとしても、この革命の火を消してはならない」
その決意は、やがて形を変える。
3万人徴兵令
革命裁判所の設置。
秘密警察の創設と権限拡大。
議会を無視した公安委員会の設置。
そして物価統制令。
すべては“革命を守るため”だった。
だが――
それは確実に、何かを壊していく。
そしてついに。
アダムは決断する。
「国王を――処刑する」
「併せて、祖国防衛軍の残党……」
「サイラス・イシス派、およびそれと通じる王党派を、
反革命分子として認定する」
静まり返る議場。
その瞬間――
革命は、後戻りできない領域へと踏み込んだ。
重い空気が、広場を覆っていた。
縛られた王党派の議員は、ゆっくりと顔を上げる。
その視線の先に――アダムがいた。
「……お前など」
かすれた声が、静寂を裂く。
「信じた儂が愚かであった」
一瞬、間が落ちる。
「地獄に落ちろ、アダム」
処刑人が刃を落とす。
――鈍い音。
誰も、すぐには声を上げなかった。
やがて、どこからともなく歓声が上がる。
だがそれは、どこか歪んでいた。
「……本当に、これで良くなるのか?」
誰かがぼそりとつぶやいた
その日を境に。
革命裁判所は、わずかな疑念すら罪とした。
反対のそぶりを見せた者は、次々とギロチン台へ送られる。
恐怖政治の始まりである。
サイラスは静かに言った。
「恐れていた事態が起こりました」
「新政府はその政策の行き詰まりを、国王陛下の責任に転嫁し――」
「“血”で解決しようとしています」
ユンナは息を呑む。
「では……」
「ええ」
サイラスは窓の外を見る。
遠く、王都の方角に煙が上がっていた。
「あれは、もはやいけにえを求める怪物です」
「一度動き出せば、もう止まりません」
振り返る。
その目には、迷いがなかった。
「もう猶予はありません」
「王都へ向かいましょう」
「ガイロ将軍、元気です?」
暗い牢の奥で、ガイロはわずかに目を細めた。
声のした方へ顔を向ける。
「……軍師。なんでここにいる」
サイラスは鉄格子の前にしゃがみ込み、くすりと笑った。
「いやあ、鉄格子の中にいる人に“なんでここに”って聞かれるの、なかなか面白いですね」
「やっぱりいちいち腹が立つな、お前は」
「褒め言葉として受け取っておきます」
サイラスは笑みを消した。
「もちろん、将軍を助けに来たんですよ」
「国王陛下の処刑が、明日に決まりました」
ガイロの表情が固まる。
「……聞いた」
「ここ、昔僕も入れられたことがあるんです」
「罪状は秘密ですが」
「そんなくだらん話をしに来たのか」
「まさか」
サイラスは鉄格子に指をかけ、声を落とした。
「ガイロ将軍。こんなところで休んでいる場合じゃありません」
「働いてもらいます」
ガイロは鼻で笑う。
「牢屋に閉じ込められた男に、ずいぶんな言い草だな」
「近衛兵を潜入させました
処刑場周辺に配置してあります」
「将軍が指揮を執れば、まだ間に合う」
ほんの一瞬、沈黙が落ちた。
それからガイロは立ち上がる。
鎖の音が、暗い牢に低く響いた。
「……任せろ」