放課後の教室は、夕暮れの色を飲み込みながら静かに沈んでいた。窓を開けると、夜に変わりかけた風がほんのり湿った匂いを運んでくる。
――ドアが軽くきしむ。
足音を忍ばせて入ってきた来訪者が、机の端に腰をおろした。
視線は床に落ちたまま。
「最近、夜になると頭がうるさくて。
布団に入っても同じことばかり考えて、ぜんぜん眠れない」
蓮司は椅子の背に片腕をかけ、ゆっくりと足を組み替える。
その仕草には、気負いも説明もない。
「わかる。俺もたまにある。
頭のスイッチが切れない感じ」
「そう。切れない。
明日のこととか、失敗したこととか……
気づいたら朝になってる」
蓮司は天井を見上げ、ひと呼吸置く。
「無理に寝ようとすると余計きついよな。
俺はさ、諦めて起きてることある。
窓開けて、外の音だけ聞くとか」
来訪者が小さく首を傾ける。
「起きてるだけでいいの?」
「うん。
眠らなきゃって思うほど、眠れなくなる。
だったら“起きててもいい時間”に変えた方が楽だろ。
寝るのは体が勝手にやってくれる。
俺らは待ってればいい」
教室に吹き込む風が、紙の端を揺らした。
来訪者の肩が、少しずつ下りていく。
「……待つ、か」
「そう。
夜が長い日は、世界の音がよく聞こえる。
遠くの車とか、猫の足音とか。
それだけでも、案外悪くない」
沈黙が、柔らかく場を包む。
窓の外で街灯がひとつ、淡く光った。
蓮司は視線を戻し、少しだけ口角を上げる。
「眠れない夜も、生きてる時間の一部。
それがあるから、朝が少しうまくなる」
来訪者は目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。
その空気に、わずかな温度が戻っていく。
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