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「っ……どういうことだ」
集合場所に駆けつけたキールが目にしたのは、拘束されたアオイ――そして、その背後で剣を構えるエスの姿だった。
「動くな……動くと、『黒狼』がアオイを殺す」
黒い影がうなり声を上げる。
「ガルルル……」
巨大な狼――黒狼がアオイのすぐ横にぴたりと張りつき、牙をむいていた。まるで一言でも声を上げれば即座に喉笛を噛み砕くとでも言いたげに。
「お、お前にとってもアオイさんは殺せないはずだ!」
リュウトが一歩前に出て声を張る。しかし、エスの瞳に揺らぎはなかった。
「……そうだ。俺は殺さない」
一拍の間。
「だから――『黒狼』が殺す」
「どうしてですか! エスさん!」
ユキが叫ぶ。
「……ユキ。俺はお前たちと共闘した。だが、それは山亀の中にいた――こいつを救い出すためだ。俺は、お前たちを“利用”したんだ」
「助けたのに、殺すんですか?」
「……俺だって、本当は殺したくない。だが、俺の立場では、お前たちにこいつを渡すわけにはいかない。上からの命令だ――“渡すくらいなら殺せ”と」
「殺したくない、なんて……意外と甘いんだね。ミーならもっと仕事に忠実に――」
「ジュンパク!」
「ご、ごめんよ、ユキの姉貴……」
空気が凍る中。
誰もが言葉を詰まらせるその時――
「みんなっ、聞いてっ……!」
静かに、けれど必死に、みやが声を上げた。
「私たちは――その人を、見逃すっ!」
「みや!」
「みやさんっ!」
「どうしたのよ!」
その言葉に、リュウトたちパーティーメンバーは驚き、次々に声を上げた。
「な、なに言ってんだよ、みや!」
「正気なの!?」
「ちょ、ちょっと待って!」
けれど――みやは振り返らず、まっすぐエスを見つめたまま言葉を続けた。
「そのかわりっ、条件があるのっ!」
「……条件?」
エスが目を細める。
「その人を連れて帰っても……絶対に傷つけないでっ! 悪い人に売ったりもしないでっ!」
一瞬の沈黙。
エスとみや、二人の視線が交差する。
互いの真意を、心の奥を、測るように。
――そして。
「……良いだろう」
エスが静かに言った。
「俺から、上の連中にそう提案する」
みやの顔がぱっと明るくなる。
「みんなっ、これで……いいっ?」
けれど、すぐに別の声が上がる。
「で、でも!」
アカネだった。
強く、切なげに――納得できない、と声を上げる。
『……良いんだよ、アカ姉さん。みんな』
その声は――今までずっと黙っていたアオイが、初めて口を開いたものだった。
『こんなの、おかしいよ。さっきまで一緒に戦ってた仲間なのに、どうしてこんなふうになっちゃうの……?』
アオイの目には、うっすらと涙がにじんでいた。
『でも私は大丈夫。だから……ね?』
「妹ちゃん……」
誰かが、ぽつりと呟く。
『今回も、ミクラルの時みたいに、こうしてまたみんなと会えたんだ。――きっとまた会えるよ』
「……行くぞ」
エスの声に、アオイは頷いた。
『……うん』
「ア、アオイさん!」
リュウトが声を上げて駆け寄る。
『リュウトくん……』
「俺……俺、頑張るから! だから……待っててください!」
アオイは、ほんの一瞬だけ俯き――それから、リュウトに向かって微笑んだ。
『…………うん!』
拘束を解かれたアオイは、自らの足でエスの隣に立ち、そのまま歩き出した。
キールのすぐ横を通り過ぎるとき――
アオイは、誰にも聞こえないようなかすれ声で囁いた。
『……サクラ女王には、気をつけて』
「……え?」
キールが思わず振り返るが、もうその姿はなかった。
エスとアオイは、静かにその場から姿を消していた――
キールが、その言葉の真意を知るのは――まだ、少しだけ先の話になる。