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俺は柄にもなく両手を胸の前で握り祈りの姿勢をとる。
死者の塊。ナツはそう言った。命をプールしているのに、既に死んでいるのだ。それは生き物としての命の話ではなく魂としての命のことだ。
俺のスキル『帰依』は魂にこそ作用する。祈りを込めて、本来は抗えぬものに抗う事の出来るスキル。
変異した魂をも還す。
魔獣の上空より光が降り注ぐ。眩い光のベールに包まれ、澄んだ鐘の音が響く。
囚われた魂がひとつ、またひとつと解放され、あるべき流れに還っていく。
魔獣は吠える。だがそれは恐怖を与えるものではなく、感謝の様なものにすら聞こえる。
うさ耳はやや後ろでずっと見守っている。
魂がひとつ解放されるたび、俺の中で削られるものがある。
魔獣のスキルが俺の魂を削り取りに来ているのだ。
光は強まり、より高位の浄化を進めていく。
魂の攻防が加速する。しかし
「俺には通じんよ」
魔獣は徐々にその身体を崩していく。清らかな風が吹きすさぶ。残りはもうわずか。勢いを増して全てを還す浄化の輝き。
ふと、その中心にある魂に触れた気がした。嘆き悲しむ壮年の男。しかし、帰依のスキルにあてられると、男は「ありがとう」と呟き昇っていった。その手はひとりの女性と繋がっていて、男はとても晴れやかな気持ちで流れに還った。
「不死というのは本来、そういうものなのかもな。お前も転生者であったならば違う結末があったかもしれんな」
俺はその名前も知らぬ男の末路を、転生者としてのスキルがあれば回避出来たのだろうかと、あるいは俺も転生者でなければあの様になっていたのかと、恐ろしくも感じたがそれ以上に男の不幸に同情していた。
魔獣は死んだ。死んだトレントを取り込んでカタチ作っていたその魂の集合体が還ったことで、魔獣はカタチを保てなくなった。
轟音をたてて崩れ落ちる魔獣。あれにはフィナの弓を作ったときのような素材としての価値は残念ながらない。これから蓄えた魔力が拡散するからだ。
トレントがこの一帯で取り込み続けた膨大な魔力が世界へと還っていく。
地表で空気が波打つのが見える。濃厚な魔力が水面の油膜の様に色を映して広がっていく。
トレントはこの一帯を世界と切り離すために魔力を奪い続けていた。しかし全てをとはいかず魔力とスキルの扱いの出来るものは、それでも消費者の少ないことで全体量が少ない魔力でも魔術の行使を可能としていたが。
その魔力が還り、世界がこの街と繋がる。過去に作られた鳥籠がバラバラと崩れ去る。
時計の針が進み始めたのだ。
「綺麗……っすねぇ」
広がる波は海と山脈と森に囲まれたスウォードの街を鮮やかに染め上げた。