土曜、私は真の部屋にいた。
昨夜、真と侑は退社後の川原の行動を監視していた。真は川原に顔を知られているから、珍しく侑が現場に出たのだ。侑が川原と和泉がホテルのバーで会っている様子を小型カメラで撮影し、真はそれをスマホでモニタリングしていた。
侑は川原と充の関係を探るように私に指示したのが百合さんであることを知らなかった。だから、川原が和泉と会っている様子を見た真は、慌てて侑にその場から離れるように言った。
『新条百合が近くにいるかもしれない』と。
当然、『どうして百合の名前が出てくるんだ』と侑は真に詰め寄り、困った真は私に聞くように言った。
そして、真と侑の電話によって、私と蒼はセックスどころではなくなってしまったというわけだった。
私は昨夜、蒼と侑と話した内容を真にも話した。
「じゃあ、築島蒼がどう動くかはわからないのか?」
私の話を聞いて、真が言った。真はランチに、私の好きなアラビアータを作ってくれた。
「うん」
「いいのか?」
「一度に色々聞かされて、混乱してるでしょ。その状態で決断を迫られても困るだろうし、決断事態出来ないだろうから」
私は大根スティックでバーニャカウダ味のディップソースをすくった。シャキシャキと新鮮な音が響く。
「しかし、俺でも訳が分からなくなってきたよ」
「こんなんじゃ終わらないかもよ?」
「まだ、何かあるのか?」
真は人参スティックを頬張る。
「ちょっと、整理してみよう」と私はアラビアータを一口食べた。
んー、美味しい。
「正月、蒼は和泉から本社の情報屋について聞かされて興味を持つ。和泉に促されるまま、蒼は本社庶務課長に収まる。和泉と百合さんが繋がっていると仮定すると、私と接触させるのが目的でしょうね」
「情報屋の正体を蒼に見せたかった?」
「じゃなくて、私が清水の犯罪を暴くのを蒼に見せたかったんだと思う。清水の横領や不倫のたれ込みがあったのが蒼の異動の二週間前。蒼の異動で私が様子見で大人しくしてたのが二週間。偶然にも蒼に現場を見られることになったけど、多少時差があっても蒼は内情を知ったでしょう」
私は紅茶で喉を潤した。
「で、清水の犯行から川原に誘導し、タイミングよく充と川原の関係を匂わせた」
「川原と和泉が会っていたのは?」
「川原を懐柔するためか、挑発するためか……」と言いながら、私は行儀悪くフォークを上下に振った。
「策略にのるため?」
「誰の?」
「川原を動かしてる人間の」
冷める前にと、私は少し急いでアラビアータを完食した。
「和泉が川原を動かしてる可能性は?」
「少なくとも、百合さんが和泉と繋がっているのならあり得ない」
「なら、川原のバックにいるのは充?」
「それじゃあ面白くないんだよね」と言って、私は蒼を思い出した。
蒼はどうしてるかな……。
「ちょっと調べただけで川原と充の関係がわかったんだよ? 簡単すぎるでしょ」
「じゃあ、充はスケープゴートか?」
「多分……」
「それを蒼に言ったのか?」
真が蒼を『蒼』と呼んだのが、くすぐったかった。真と蒼がお互いにあまりいい印象を持っていないことはわかっているけど、二人とも私には大切な人だから、仲良くしてほしかった。
「言ってない」
「どうして? あいつ、兄貴二人が犯罪に関わってるんじゃなって悩んでんじゃないか?」
「心配してるんだ?」
私に言われて、真がハッとして目を逸らした。
「充がスケープゴートじゃないかって話は憶測でしかないから、蒼には自分の目で確かめてもらいたいの。他にもまだわからないこともあるし」
「ふぅん……」と、真が気のない返事をした。
「なによ?」
「いや? らしくねぇなと思って」
「そ?」と、私は笑って見せた。
「蒼を巻き込みたくないようなこと言っておいて、がっつりメインキャストに祭り上げてんじゃねぇ?」
真は昔から、不機嫌になると言葉遣いが悪くなる。一見、穏やかで優しい、癒し系タイプなだけに、そのギャップが私は好きだった。
「シナリオに名前が挙がっている以上、きっちり主役張ってもらわなきゃ」
「大根役者じゃなきゃいいけど」
日曜の夜、蒼は電話もメッセージもなく、突然私の部屋に来た。午後九時。
「連絡なしに、ごめん」
私は蒼に、ミネラルウォーターのペットボトルを手渡した。
「飲んでるの?」
「少し……、和泉兄さんと飲んでた」
「そう」
私はソファの、蒼の隣に座った。
蒼はミネラルウォーターを一口飲むと、テーブルにペットボトルを置いた。
「ご飯食べ――」
「咲、二つ目だ」
私の言葉を遮って、蒼は言った。蒼の目は、目の前のペットボトルを真っ直ぐ見据えていた。
「え?」
「咲が俺に言った選択肢」
『一つ目はお兄さんたちがこれ以上窮地に立たないよう、私の情報で二人を止める。二つ目は真相を暴いて不正を正す。三つ目は聞かなかったことにして部外者を貫く』
私は自分の言葉を思い出した。
「真相を暴く。けど、兄さんたちを追い詰めるためじゃない。兄さんたちの潔白を証明するためだ」
「潔白だと思う理由を聞いてもいい?」
「信じたいってのが一番だけど……」
蒼は膝の上で両手を組んで、力を込めた。爪が白く変化していく。
「和泉兄さんに踊らされてるのが気に入らない!」
蒼が怒りを露わに言った。
「俺に何をさせたいのか知らないけど、回りくどいしわかりにくいし、面白くねぇ!」
蒼の声のボリュームが少しずつ大きくなる。
「つーか、ゲームに使っていいネタじゃねぇだろ。何人の女が犠牲になってると思ってるんだよ! 俺を試すネタにしては悪趣味すぎるっ‼ 大体、俺を試すって何なんだよ。いつまでも子ども扱いしやがって――!」
私は初めて見る、感情むき出しの蒼に少し驚いた。
そして、蒼が私と同じことを考えていることが嬉しかった。
「何よりも……」と言いながら、蒼が私を抱き締めた。
「咲に惚れたことまで兄さんのシナリオ通りとか、ムカつく――」
「ふふふ……」
私は思わず笑ってしまった。
「何だよ」と蒼が私の顔を覗き込んだ。
「だって、蒼が私の気持ちを言うから――」
そう言って、私は蒼にキスをした。
蒼の触れるところすべてが熱を帯びて、身体が汗ばむ。
蒼にキスされたところすべてが性感帯に変わり、痺れるような快感を誘う。
ガラスを扱うように、優しく、ゆっくりと私の反応を確かめながら、蒼の指が動く。
息をするたびに恥ずかしいほど甲高い声が部屋に響き、私は自分の手首を唇に押し付けた。
「咲、手どけて?」
蒼が耳元で囁く。
「キス、出来ない……」
手を外すと、蒼が味わうように私の唇を舐め、一瞬指が動きを止めた。
「咲、ちゃんと息して」
無意識に息をすることも忘れて、私は快感と酸欠で何も考えられなくなっていた。
蒼に言われて、ようやく静かに息を吸う。
蒼の手が私の手を握り、指を絡ませる。
蒼と私の視線が交わる。
「あ……、んっ――!」
急に、私の中の蒼の指が激しく動き出し、私は一気に絶頂に押し上げられた。
「ああっ――‼」
声が恥ずかしいとか、感じてる顔を見られるのが恥ずかしいとか、何も考えられなくなって、足の爪先まで電流が流れたような痺れに、身体を仰け反らせた。
「咲、好きだよ……」
涙で蒼の顔が歪む。
ゆっくりと足が開かれて、蒼の手が私の膝を押し上げる。
蒼の唇が私の唇に触れて、私は目を閉じた。
蒼が私の中にゆっくりと挿入ってくるのを感じて、私はまた呼吸を止めた。
「咲、息して……。力抜いて……?」
蒼の声が震えているように聞こえて、私は息を吸いながら、目を開けた。
「んっ――」
蒼が顔を歪めて、声を漏らす。
蒼が感じてくれているのが、嬉しかった。
自分の身体が悦んでいるのがわかる。
セックスがこんなに気持ちよくて、幸せなんて知らなかった。
ゆっくりと突き動かされて、息をするのも忘れて、このまま死んでもいいとさえ思えた――。
「蒼……」
離れられないと、わかった――。
離さないと、決めた――。
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