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夕方の教室は、オレンジ色に染まっていた。窓際の机に座っていた日下部の前で、椅子を引く音がした。
「……ここ、相談してもいい?」
小さく尋ねたのは、同じ学年の女子だった。
「相談室って言っても、正式なやつじゃないけどな」
そう言って、日下部は手元のノートを閉じた。
「うん……わかってる。でも、ちょっと話したくて」
彼女はうつむいたまま、しばらく黙っていた。
やがて、ため息をつくように言葉を落とす。
「何かを始めても、続かないんだ。
最初は“やろう”って思うのに、少し経つと“なんでやってるんだろ”ってなる。
部活も、勉強も、趣味も。
やめたあと、また“ちゃんと続ければよかった”って後悔して……それの繰り返し」
「わかるよ」
日下部の声は低くて、少し掠れていた。
「オレも似たようなもんだし」
「ほんとに?」
「うん。続かない自分を、ダメだと思ってた。
でもな、続けるって“気持ちの強さ”じゃなくて、
“理由”があるかどうかなんだと思う。
『誰かに認められたい』でもいいし、『ここにいたい』でもいい。
理由が見つからないと、どんな努力も息切れする」
彼女は、膝の上で指をいじりながらつぶやいた。
「……私、理由がないかも。何のためにやってるのか、わかんない」
「それなら、いったん止まってもいいと思う」
日下部はゆっくりと言った。
「止まるのって、逃げることじゃない。
“自分が何に反応するか”を見つける時間でもある。
誰かの目標に合わせて動いてると、自分のエンジンがどこにあるのか、見えなくなるから」
「……でも、止まったら、みんなに置いてかれそうで」
「置いてかれても、また追いつける。
それに、本当に大事なのは“続けること”より、
“もう一回始められること”だと思う。
何度でもやり直せる奴の方が、ずっと強い」
沈黙のあと、彼女は小さく笑った。
「……そう言えるの、すごいね」
「別にすごくない。ただ、何度もやめた側だから。
でも、そのたびに戻ってきたら、少しずつわかったんだ。
“やめた過去”も、“始めた今”も、
どっちもちゃんと自分の一部なんだって」
窓の外で、部活帰りの声が遠くに響いていた。
「……ありがと」
彼女が立ち上がると、日下部はただうなずいた。
扉が閉まったあと、残った静けさの中で、
日下部は独りごとのように呟く。
「続けるより、戻ってくる方がむずかしいんだよな……」
その声は、夕暮れに溶けていった。