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#勧善懲悪
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工房の入口に立ったンドレスは、誰の顔もまともに見なかった。濡れた前髪の隙間から落ちる水だけが、土間へ細く線を引く。
サペが一歩前へ出る。
「どこにあった」
ンドレスは答える代わりに、右手を開いた。掌の上で、レッドタイガーアイが鈍く赤く光る。人形の片目に収まるはずの石だった。
「箱庭座の小道具庫」
低い声が落ちる。
「舞台装置の箱に混ざってた。たぶん、最初から売る気はなかった。見つかった時に、値打ちを吊り上げるための餌だ」
ジュレイが眉を動かす。
「つまり、証拠の一部をわざと手元に残していた」
「チョムならやる」
ンドレスは壁にもたれたまま言った。
「相談票も同じだ。全部は捨てない。人を縛る時に、あとから出せるように」
マイナがすぐに食いつく。
「相談票の控え、見たの」
「名前だけ」
ンドレスは一度だけ視線を上げた。
「……キオノフのもあった」
空気が止まる。
キオノフは湯飲みを持ったまま、ほんの少しだけ指先を強くした。けれど割らないように、静かに机へ戻す。
「どんな分類だった」
声は穏やかだったが、サペにはその穏やかさがかえって怖かった。
ンドレスは言いにくそうに口を開く。
「秘密の恋。公的施設管理者。支援関係、長期」
ルドヴィナの顔が、全員の頭に同時に浮かんだ。
エリアが先に息をのむ。
「うそでしょ」
キオノフはすぐには否定しなかった。代わりに、少し困ったように笑う。
「長いなあ、眩しい箱の連中。人の胸の内を、帳面の見出しみたいに書く」
ルドヴィナは今この場にいない。公民館の戸締まりをしてから来ると言っていた。
サペが言う。
「先に知らせる」
「待って」
キオノフが止めた。
「今夜は私が話す」
その時だけ、彼は店先で客に礼を言う時とは違う顔をした。逃げずに立つと決めた人の顔だった。
工房の灯りの下で、赤い石は静かに光っていた。
戻ってきたのは片目だけじゃない。誰にも見せていなかった感情まで、敵の手から現れ始めていた。