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夕方の光が、相談室の窓をオレンジに染めていた。扉を開けて入ってきた男子生徒は、鞄を肩からずり落とし、そのまま机に突っ伏すように座った。


「……みんなが進んでる気がするんです」


日下部は椅子に腰を下ろし、静かに耳を傾けた。


「友達は部活で活躍してたり、恋人できたり、夢の話してたり。

それを横で聞いてると……俺だけ止まってるように思えて。

何も変わってなくて、ただ毎日が過ぎていくだけで……

置いていかれてる気がするんです」


言葉は重たく、机の上に落ちた。


日下部は少し黙り込んで、視線を窓の外に向ける。

校庭から、野球部の掛け声が風に乗って届いていた。


「……俺もそうだ」


不意に、彼は口をひらいた。


「周りが変わってくのに、俺だけ同じ場所に立ってる気がすること、よくある」


男子は顔を上げた。


「でもな。止まってるって思うときも、ほんとは“立ってる”んだ」


日下部は言葉を選ぶように続けた。


「立ち止まるのと、立ってるのは違う。

周りが走ってても、ちゃんと地面に立ってるやつは、まだ倒れてねぇ。

それって、意外と大事なことだと思う」


男子は眉をひそめ、考え込む。


「……立ってるだけで、意味ありますかね」


「ある」


日下部は即答した。


「走れなくても、立ってるやつは、まだ進める可能性がある。

ほんとに終わってるのは、倒れたまま動けねぇときだ。

だから……自分だけ止まってる気がしても、“まだ立ってる”ってことは忘れんな」


相談室に沈黙が落ちた。

男子はしばらく黙っていたが、やがて小さく息をついた。


「……止まってるんじゃなくて、立ってる、か」


日下部はうなずいた。


「それで十分だ」


外では、夕陽に伸びた影の中で、部活の掛け声がまだ続いていた。


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