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神様は、いつだって不公平だ。
物心ついた時にはもうそう思っていたし、死に直面しようが、今でもその考えは変わらない——
クエント大陸にはまだ『文明ある生き物はヒト族しか居ない』と思われていた時代。双子の妹として、ワタシは歴史ある“ソレイユ王国”の城下町の一角に生まれた。姉の名前は“カルム”。妹して生まれたワタシは“リューゲ”と名付けられた。ワタシ達は平民の生まれだったが、幸いにして中流家庭だったから生活に困る事はなく、どちらも自由に育ててもらえた。両親は優しく、働き者で、双子の子供を平等に愛せる器量のある人達であった。
双子の姉であるカルムは生まれながらにして非凡な才能の持ち主だった。
何をやっても完璧で、少しやれば何だって上手にこなした。勉強、運動、魔法の扱いだけじゃない。家事や裁縫、演奏、絵画、彫刻どころか、剣技だって弓術だって、何でも全てを簡単にこなしてしまう。しかも、それだけじゃない——
姉は、太陽神・テラアディア様の“祝福”まで受けていた。
姉は『“祝福”を受けたから非凡になった』んじゃない。『元々多彩な才能に恵まれていたから、“祝福”を受ける事が出来たのだ』と皆が皆思える程、姉は幼い頃から既に、死ぬ瞬間ですらも、ずっと……人格者だった。
太陽神から加護を受けるヒト族の中でも、唯一の“祝福”持ちだった姉は、十代の後半には周囲から『聖女』と呼ばれる様になり、太陽の神殿で民の為にと奉仕を始めた。膨大な神力で怪我人を癒やし、飢える者達を救う為にと自分から畑にも立ち、獣や理性を持たぬ魔物共が郊外で暴れていると聞けば、剣を持って前線にも立った。指揮官の才能もあったから騎士団や討伐者達を統率してもいたし、民達が安全に過ごせる様にと巨大な結界魔法を展開して多くの危険から王国の全域を救った事まである。
建国時からある王城には保護魔法を掛けて劣化を防いだとか、城下町の道路や街路灯まで姉の提案で整備されたりもし、此処ソレイユ王国は、何処をどう見渡しても、『姉の手が入らない場所はないのでは?』と思える程の最高傑作と成り果てた。
そんな偉大な姉の双子の妹は、果たして幸せだろうか?
答えはもちろん、『否』だ。
幼児の頃はまだ良かった。並んで絵を描いて、圧倒的に上手な姉の絵を見ても『おねえちゃんのえはキレイだね!』『リューゲのえはカワイイね!』と言って素直に笑い合えたし、早々に文字の読み書きや家事の手伝い方を覚えていく姉に、『おねえちゃん、ワタシにもおしえて』と普通にお願い出来たから。
思春期になった頃から姉との関係はギクシャクし始めた。姉の態度は一切変わらず、ワタシの方から一方的にだったけど。
何処に行こうが『カルムの妹』と呼ばれ、誰もワタシを見ていない。何をやっても人並みでしかなく、姉の影に隠れ、ワタシは完全に腰巾着扱いだった。せめて姉がワタシを『引き立て役』として扱ってくれたならまだ良かった。気持ち的にも割り切れたと思う。だが姉の心は何処までも善人で、太陽で、光そのものみたいな人で、ワタシを決して下には置こうとしなかった。
『リューゲは可愛い私の妹よ』
ストロベリーブロンド色の髪を風に揺らし、桜色の綺麗な瞳を優しく細めてワタシの頭をそっと撫でてくれる。『愛してる』と言ってハグをし、手を引いて一緒に歩いてくれる。——そんな姉が、ワタシは……大好きだった。
そう、『アレに、ワタシが成り代われたら』と願う程に。
鏡を見て、姉と同じ顔のはずなのに、何故か似ていない顔を見る度に『自分がアレだったなら……』と毎日考えた。真っ黒な髪を一束掴み、『この髪色がストロベリーブロンドだったら』と何度も思った。黒い瞳を抉り出し、あの桜色の瞳をはめ込むにはどうしたらいいの?と毎夜思案した。
聖女の補佐として自分も神官となり、毎朝神殿の主祭壇で皆に囲まれながら祈りを捧げる姉の背中を見て、『ワタシもその場に立ってみたい』と願い、渇望し、神に祈りを捧げながら懇願し続けたが、願いを聞き届けてはもらえていない。
何故姉だけなの?
ワタシ達は双子なのに、何故姉だけが?
疑問は不満となり、心の中にどんどん積もっていく。大人になっていくにつれ、真っ黒なインクがじわりと布に染みて広がっていくみたいに、ワタシの中身はもう、姉への嫉妬と羨望とで一杯になっていった。
ワタシ達が二十歳を過ぎた頃。不意に姉が『旅に出る』と言い出した。
『この世界は可能性に溢れているわ。意思疎通が可能な種族がきっと他にも数多く居ると思うの。そんな者達に、会ってみたいと思って』
当然神殿の神官達は全員猛反対したし、王族からも許可なんか降りなかった。だけど、『治療魔法を扱える神官はちゃんと他にもいるし、結界で街は守られていて先立っての脅威は何も無い』と主張し、姉は決意を曲げなかった。
目的を果たしたら必ず帰還すると約束し、姉は希望通り旅に出る事になった。ワタシ達の幼馴染でもあり、神官でもある“ニオス”が同行を買って出て、最初はその二人で行くはずだった。
(ワタシは……どうしよう?)
一人で国に残ったって、周囲の視線が常に刺さる気がする。『探索の旅に出るのは妹で、姉が残れば良かったのに』と皆に言われる気がして、日に日に心が疲弊していく。だが、自分も同行するのもどうかとも思った。
ニオスは、昔っから姉の事が大好きだったからだ。
親愛の情とかじゃない。恋愛的な意味で、彼は姉に恋焦がれていた。誰の目から見てもそれがわかる程だったし、何度も彼は姉に求愛していたのに、姉が彼の好意に応える事は一度たりとも無かった。別の者達からの求愛に対してもそうだったから、余計に彼は、姉への好意を捨てられずにいた。
完全無欠で、全てにおいて無双状態に等しい姉でも、恋愛感情だけは持ち合わせていなかったのだ。
姉を慕う者達を見て、『ワタシを愛してくれたなら、すぐに応えてあげるのに』——と、考えた事は少なくない。だけど一向に振り返る様子の無い姉の姿を見ているうちに、ワタシからもその感情は消えていった。
結局、ワタシ達は三人で旅に出る事になった。残っても地獄、ついて行っても地獄なら、姉の状況がわかる方が幾分マシだろうと思って。
ソレイユ王国は大陸東部に位置している為、まずは中央部を目指してみる事になった。三人だけで、あるかどうかもわからぬ陸地を目指して海を越えるのは現実的では無いし、あまりに無謀過ぎるから地続きの方向を攻めて行こうという理由で。ソレイユ王国とその周辺の国々の地図はあり、最初の頃は宿で寝泊まりも出来たし、馬車や馬を借りる事も出来たので割と快適だったのだが、いざ未開の地域を進むとなってからは本当に大変だった。進んで行く道は全て獣道だし、寝泊まりは野宿一択。食べ物だってその時々で狩りをしたりして調達する生活だ、ずっと神官しかやってこなかったワタシにはあまりに過酷過ぎて、二人について来た事を心底後悔した。姉の浄化魔法が無かったら、きっと途中でリタイヤしていたと思う。