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さぶれ-SABURE-
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それを見た瞬間、背中が寒くなってぶるりと震えた。いよいよ自分が書き上げた脚本が完成する。その喜びはなににも代えがたく、表現できない気分だった。どういう感情からくるものかはわからないけれど、私の手は震えていた。
行こう、と天魔は涼二の細い肩を抱いて促した。
いよいよこのホテルへやって来るのね。震えている場合じゃないわ!
心もとなく膝の上に置いた手をぐっと握りしめ、お腹に力を入れた。ここがホテルのラウンジでなければ、「やー!」と掛け声をあげたいところだ。
すっと立ち上がり、何事もなかったかのようにラウンジを後にした。長丁場になることも考慮し、営業時間が長いバーの方へ移動する。店舗フロアがあるのは上階で、さぞかし夜景が美しく拝めるのだろうと推測した。
エレベーターに乗り込み、目的地の階を押す。高速エレベーターがあっという間に私を天界へ運んでいく。
着いた先はフォレストスカイ・バーと書かれた看板を横目で見て、そのまま入店した。そこは、ホテルの他の空間とは一線を画す、夜の鼓動が聞こえてくるような場所だった。
幾何学的なラインが美しい、天井まで届く巨大なバックバーの棚。琥珀色のリキュール瓶が間接照明に照らされ、まるで現代アートのインスタレーションのよう。床から天井まで続く全面ガラス窓の向こうには、手が届きそうなほど間近に迫る東京タワーの赤い鉄骨が、夜の闇に鮮やかに浮かび上がっている。
重厚な天然石のカウンターに、暗がりに配されたラウンジチェア。
私は入り口から最も離れたボックス席へと滑り込んだ。万が一にも酔っ払ってはいけないので、ノンアルコールカクテルを注文し、目の前の夜景と対峙した。
この贅を尽くした空間そのものが、今宵、彼の墓標となる。
――現在、フォレストスカイ・バー
――チェック完了 キー取得
万が一、涼二に見られてもいいように短いメッセージだけを送っておいた。これで天魔は、ぜったいにバーへは立ち寄らないはず。チェックインをして、カードキーを受け取ったこともわかってくれただろう。
恐らく天魔は、このホテルへ到着してチェックインの際、私にメッセージをくれるはず。その時を待とう。
「お待たせいたしました」
静かに目の前に置かれたカクテルは、濃い赤からオレンジのグラデーションを作っているノンアルコールカクテルだった。ロンググラスの淵には色とりどりのフルーツが添えられている。
ドリンクを運んでくれたウェイターに会釈をし、再び夜景と対面する。うっすらと変装した私の姿がガラス窓に映っていた。ガラスに映った彼女は、妖艶に微笑み、カクテルを優雅に飲んでいた――
30分ほどすると、天魔からメッセージが届いた。確認ると、URLが貼り付けられている。早速URLにアクセスすると、彼らはこのホテルのフロントにいた……!
(来た……!!)
再び震えがせり上がって来る。異常に手の先が冷たくなった。緊張からくるものだろう。しきりに指を擦り合わせた。
はっとガラスに映った自分とサングラス越しに目が合う。本物の冷美なら、今の私の姿を見たら、きっと鼻で笑うだろう。
(あなたは世界一の脚本家)
(そんな弱気なシナリオは、あなたの中にない)
(さっさと浮気夫をあなたの人生から排除して、大賞獲りなさい!!)
私はサングラスに手をかけ、ゆっくりと外した。ガラス窓に映る姿を確認する。頭の先からつま先まで理想通り完璧だ。シゴデキで、自信家で、浮気夫を地獄へ叩き堕とすことができる、唯一の女性。
(ありがとう。最後はきっちり、藤崎沙耶(サレ妻沙耶)として、私が幕を下ろすわ)
心の中で自分自身にエールを送った。今日まで演じてきた、脚本家の冷美。彼女は私と同じ容姿をして、ガラス窓の向こう側で妖艶に微笑んでいた。
※
落ち着きを取り戻したので、再びURLの画面に目線を落とした。ブルートゥースで繋げたイヤフォンから、彼らふたりの会話が聞こえる。ふたりはどうやら、エレベーターに乗り込んだみたい。あっという間に客室フロアに着く。ほの暗く上品に設計された灯りが等間隔で設置され、客室までを案内している。
『ここだよ』
慣れた手つきでカードキーをかざし、中へと促す。自動照明がオンになっているため、入っただけで電気が点いた。今までは天魔の視点から隠しカメラで撮影されていた映像と音声が送られてきたが、ちょうどベッドが見える位置にうまくジャケットを置き、映像を固定してくれた。
(さすがね)
「すごい……豪華な部屋だね……」
涼二は怖気づいたのか、やや逃げ腰だ。しかし天魔はそれを逃さない。後ろから涼二を抱きしめる。
「大好きな涼二とずっと一緒にいられるなら、安いものだよ」
甘い囁きも、力強い抱擁も、慰めも、優しさも、ぜんぶ、私が用意したの。
天魔はあっという間に涼二を抱き上げ、大きなベッドの上に彼をおろした。
「も、もう、するの……?」
「あの夜もそうだったよ。何度もおねだりして、すごくかわいかった」
「しゃ、シャワー浴びたい。綺麗にしてから……」
「だめ。ボクはそのままの涼二がいいんだ」
「あっ……」
ふっと耳元に息を吹きかけられ、堪らず涼二が悲鳴のような甘い声を漏らす。
「さあ、そろそろ始めようか」
手元のリモコンでライトを操作し、スイートルームの灯りをすべて落としてしまった。
天魔の合図ね。オーケー了解!
さあ、部屋に乗り込むわよ!!
コメント
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お疲れさまです、第46話読ませていただきました。 主人公がバーで夜景を見ながら「この贅を尽くした空間そのものが、今宵、彼の墓標となる」と静かに決意する場面、すごく好きです。自分と向き合って「世界一の脚本家」と言い聞かせる強さと、それでも震える手――その繊細なコントラストが見事でした。最後の「部屋に乗り込むわよ!!」で一気にスイッチが入るところ、次が気になって仕方ありません!