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トヴェッテ冒険者ギルドを訪れた俺とテオは、ギルドマスターのネレディと、昼食を食べに行くことになった。
するとネレディの娘であるナディが、入口扉から勢いよく駆け込んできた。
ふわっとカールした茶色の髪の華やか系美人なネレディに、母親そっくりで整った顔立ちのナディが可愛らしく抱き着く。
そんな微笑ましい光景に、俺もテオも周りの皆もほっこりするのだった。
だが次の瞬間、俺は違和感を覚える。
ネレディとナディは、ゲームのトヴェッテ王国にも登場し、好感度を上げると仲間にできるキャラだ。
トヴェッテ冒険者ギルドに行きさえすれば、たまに仕事中のネレディの姿を見かけることだけはできるのだが、ナディの姿を見るためには“既定の手順”がある。
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フルーユ湖を浄化
→浄化したことを、ギルド窓口に報告
→その詳細報告をするため、ネレディとの初会話イベント発生
→トヴェッテ城で開かれる浄化祝賀パーティーに参加
→パーティーの最中に、ネレディに挨拶
→ネレディが、ナディをプレイヤーへ紹介
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ここまでこなしてからやっと初めて『ナディとの初対面&初会話イベント』に漕ぎつけられるのがセオリーで、それ以外のルートは現状確認されていないのである。
悩み始める俺だったが、そもそも『本来ならばフルーユ湖を浄化後に発生するはずの、ネレディとの初会話イベント』が、ゲームとは異なる形とはいえ、既に起きているのに気付く。
この時点でもうゲームと状況が全然違うため、あまり深く考えないことに決めた。
「……ところで、ナディはどうしてギルドに来たの?」
腰を落とし、目線をナディと同じ位の高さにしたネレディがたずねる。
ナディが「えっと……あのね」と一生懸命答えようとした瞬間、再びギルドの入口扉から賑やかな訪問者が現れた。
叫びながら駆け込んできたのは、片眼鏡をかけ白い手袋をはめ執事服を着た老人。
老人の後ろにはメイド服を着た2人の若い女性もいる。
ナディの姿を見つけた彼らは、まるで糸でも切れたかのように膝から崩れ落ち、ゼイゼイと肩で息をしていた。
老人の声を聞いた途端、ナディはネレディの後ろにサッと隠れる。
そしてネレディのスカートを掴みつつ、警戒するように彼を見つめていた。
立ち上がったネレディは、執事風の老人に話しかける。
「そ、それが……ですね…………」
ジェラルドと呼ばれた老人は答えようとするのだが、上がった息のせいですぐに言葉が出てこず。
どうにか必死に呼吸を整えてから返事をする。
「……ナディ様が急に、ネレディ様にお会いしたいとおっしゃいまして……ネレディ様はお仕事中だからと申し上げたのですが、その……ナディ様が私共の静止を振り切り、お屋敷を飛び出してしまわれましてですね……誠に申し訳ありません」
深々と頭を下げるジェラルドとメイド2人。
柔らかい口調でネレディは言う。
「……頭を上げてちょうだい。ジェラルドも皆も本当に良くやってくれてるわ。ナディだって怪我ひとつしてないようだし、謝る必要はないのよ?」
「有難きお言葉、感謝いたします」
1度頭を上げたものの、ジェラルド達は再び深々と頭(こうべ)を垂れる。
「それよりも……」
ネレディは、自分の後ろに黙って隠れているナディを見る。
「…………」
ナディは黙ったまま、ふてくされたようにうつむいた。
ネレディは言葉を続ける。
「お母様はお仕事中なの。夕方には帰るから、大人しくおうちで待っててちょうだいね」
「…………」
ナディはネレディの長いスカートをギュッと掴み直し、ぶんぶんと首を横にふる。
「……困ったわねぇ……いつもなら、もっと素直なんだけど……」
ネレディは深く溜息をつく。
しばらく続く無言の空気。
そんな重苦しい空気を破るように、見守り続けていたテオが口を開く。
「ナディ、ひさしぶりだねっ」
ゆっくり顔を上げるナディ。
声の主を見つけるなりパッと明るい表情に戻り、テオに飛びついた。
「うん、テオだよー♪」
「テオはいつトヴェッテに来たの?」
「昨日だよ!」
しばらく楽しそうに喋ってから、テオは少し真面目に話す。
「……あのさナディ。今から俺と俺の友達と、ナディのお母さんの3人で、お昼ご飯を食べに行くんだ」
「ナディも一緒に行く!」
「う~ん、お仕事のお話をするから、ナディは途中で飽きちゃうかもしれないぞ?」
「そんなことないもん!」
「そっか……ちょっと待っててね」
「はぁい!」
ここでテオは、ナディに聞こえない様にしつつ、俺とネレディに小声で言う。
「私はいいけど、タクトは大丈夫?」
「えっと……大丈夫です」
少し迷ったが、まぁ子供だしいいか、と思う事にした。
「ありがとう。それじゃあ私からナディに言うわね」
コソコソ話を終えたところで、ネレディがナディにゆっくり言う。
「ナディ。一緒にお昼ご飯食べに行く?」
「行ってもいいの?」
瞳をキラキラさせるナディ。
「ええ。ただし、お約束を守らなきゃだめよ。守れない子は連れていけないわ」
「お約束ってなぁに?」
「1つ目は、お話の間、お母様の言うことを聞いて、ちゃんと良い子にしてること」
「する!」
「2つ目はね、連れて行くのは今日だけってこと。今日は特別だから、次に勝手にここに来ても、すぐにおうちに連れて帰ってもらうわ」
ナディは不満そうに口をとがらせる。
だがネレディが「守れないなら、今日もすぐにおうちに帰ってもらわなきゃいけないわよ?」と聞いたところ、渋々ながら2つ目の約束にも同意したのだった。