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#和風ファンタジー
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逗子孝光と糸原れみは、集中治療室にいる紗羅の面会に来ていた。
僅か15分の面会時間。
ガウンとマスクを着用している二人は、呼吸器に繋がれている紗羅のベッドの傍らに立ち、黙って見下ろしていた。
れみは、チラッと横のベッドに目をやる。
そのベッドには、紗羅と同様に呼吸器に繋がれている樹がいる。
「二人とも、意識が戻る様子はないみたいね」
れみが言うと、逗子はれみの顔を見た。
「このまま助かるのなら、保険……」
と言いかける逗子にれみは、逗子の言葉を遮った。
「ここで話すことじゃないでしょ!」
そう言い放ったれみは、忙しそうに歩く看護師に目を向けてから
「そろそろ行きましょう」
と逗子に言った。
そしてれみは紗羅に顔を近づけると、
「じゃあね、紗羅」
狡猾な笑みを浮かべて言った、その時だった。
——ピーッピーッピーッ、シュッ、バッ、ピーッ
けたたましいアラーム音と、空気の圧力が漏れる音がした。
「え?何?」
れみは驚いて、音が鳴る方向を見た。
すると呼吸器のすぐ側にいた逗子が、慌てて手を引っ込める動作をしたのだが……。
れみの目に映ったのは、呼吸器に接続されているはずの蛇腹チューブ。
不自然に外れていたのだ。
「ちょっ……」
焦ったれみが声を出すと同時に、看護師が駆け寄る。
「すみません!離れてもらえますか!」
外れた蛇腹チューブに気づいた看護師は、素早く呼吸器に接続すると、アラームが止まった。
看護師が怪しむように逗子を見ると、逗子は引き攣った笑いを看護師に向けた。
「いや、いきなり外れて、繋げたらいいのかと一瞬、焦りました」
と言った逗子に、看護師は淡々とした声で言う。
「接続が緩んでいたようで、申し訳ありません。
アラーム時は私達がすぐに、対処を致します。
それでは今から状態を確認しますので、退室して頂けますか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
逗子とれみは看護師に会釈して、集中治療室を出た。
廊下に出てすぐ、れみは逗子の腕を引っ張って歩いた。
「おいっ、ちょっ……」
「……」
れみは無言で歩き、周りに人がいないのを確認すると、足を止めた。
「ちょっと!さっきは何なの?どうして、あんなことをするのよ!」
れみは怒りが高まっていたが、声量を抑えながら、声を荒げる。
「どうしてって、早く逝って欲しいからだよ」
悪びれることなくニヤリと笑う逗子に、れみは歯を食いしばって怒りを堪える。
「警報が鳴るって、わからなかったの?すぐにバレるような、短絡なことはしないで!」
「警報が鳴るって思わなかったよ。針で穴を開けるとかすればよかったな」
れみは呆れた顔で、逗子を睨む。
「あのね、医療機器は精密で、車のような作りとは違うのよ!」
「車は精密だ」
逗子はムッとした顔になって言う。
「……そうね。今の車は精密だと思うわ。でも医療機器はもっと精密なの。
大体、考えもなしにあんなことして、側にいた私も共犯と疑われるのよ?勝手な事をしないで」
れみの言葉に、逗子は眉間に皺を入れて「チッ」と舌打ちした。
「今更、何を言ってるんだ、俺とお前は元々共犯だろ?
俺は早く金が欲しいんだ!待ってられないんだ!」
苛立つ逗子に、れみは深いため息をついた。
「わかっているわよ!とりあえず、入院給付金だけでも、
早く支払えるようにするから」
「……そうしてくれ」
逗子が渋々納得する姿を見て、れみは危機感を覚えた。
——孝光、頭が悪すぎるわ。
違う、そうじゃないわね。
頭の中はお金のことだけになって、冷静さもなくなった。もう、まともに考えられなくなったのね。
れみは、逗子の顔を見つめる。
——このままじゃ何をするか、わからないわね。なんとかしなくちゃ……
逗子は高級輸入車の中古販売、修理などを営んでいた。
煉瓦造りのガレージ倉庫にショールームを造り、派手なスポーツカーを飾る。奥は海外から輸入したパーツを使用して修理を行う。
順風満帆な若き経営者の姿を見せていた逗子。
れみの勤めるラマン生命保険株式会社の顧客だった。
担当となったれみは逗子と親しくなっていたが、いつしか男女の関係となる。
法人契約として、従業員に高額な保険をかけている逗子は、金に余裕があると思っていた。
だが逗子は虚栄を張っているだけで、実際の経営は火の車、自転車操業を繰り返していることを、れみは知った。
そして資金繰りに困っている中、逗子は神象ホールディングスから融資を受けた。
融資と聞けば聞こえはいいが、ただ金を借りただけだ。
ある日逗子が突然に、『結婚をしたい』と言い出した。
れみは最初、自分に言ってきたのかと思ったが、そうではなかった。
『この子、れみの友達だろ?』
逗子が見せてきたのは、グルメサイトのWEB記事に掲載されていた梶原紗羅の写真だった。
『この子を紹介して欲しい』
と逗子が言ってきた。
——また同じこと……私より、紗羅がいいというのね。
れみは歯ぎしりをした。
紗羅とれみは高校の同級生だった。
ベーカリーショップを営む両親と、弟がいて、家族仲がよく、皆に愛される紗羅。
紗羅は明るく素直で、いつも笑っていた。クラスで困っている子がいたら、寄り添ってあげる優しい性格。
だから誰もが紗羅を慕う、紗羅は人気者だった。
高校を出て親の跡を継ぎたいと、製菓学校に進学した後は、一流ホテルのベーカリー部門で働いていた。
れみはそんな紗羅が羨ましく、また妬ましく思っていた。
れみは両親が離婚して、母親と一緒に暮らしたが、母親が再婚してから、義父とも馴染めずにいた。かといって別れた父親も再婚している。
れみは自分の居場所はないと思って過ごしていた高校生活だったが、紗羅と友達になってからは楽しい日々だった。
だが、そんな日々はすぐに終わった。
昔から可愛い、美人と言われ続けていたれみは、自分の容姿には自信があった。
この容姿のおかげで、今まで自分が好きになった男子は、必ず落とせていたし、それはこれからも続くと思っていた。
そのはずだったのに、周りの男子は紗羅に夢中になる。
れみが好きになった男子は、紗羅が好きだと言った。
また別の男子も、紗羅が好きだと言う。
——自分は紗羅よりも綺麗なのに、どうして?
そんな思いを抱えたまま高校を卒業したれみは、ラマン生命株式会社に就職した。
生保レディとしてノルマをこなして、顧客確保のために必死で働いた。ファイナンシャルプランナーの資格も取得した。
時には自分の美貌を活かして、経営者が集まるパーティーに参加したり、顧客を増やしていった。
キャリアアップをして、出世していく自分が、誇らしくなっていた。
ある日、紗羅が一流ホテルを辞めた。
弟を助けたいと、風評被害に遭っている親を助けたいと、実家で働く決心をしたと紗羅が言った。
家族の為だと笑う紗羅を見て、れみは紗羅に対して何をしても紗羅は自分より上だと、そんな気持ちにさせられた。
──逗子が紗羅を紹介しろと言ってきた時、れみは逗子に伝えた。
『いいわよ。その代わり、二人が結婚するようなことがあったら、高額保険契約をしてくれたら……それでいいわ』
れみは二人を祝うのではなく、自分の出世の糧にすることにした。
逗子と男女の関係になったとはいえ、金に困っている男。
——こっちが先に、終わりにしたかったのよ。
手切れ金を頂く代りとして、私の出世の役に立ちなさいよ。
れみの思惑から始まった高額の保険契約——紗羅と樹、二人の命の危機となった。