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#和風ファンタジー
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「おい、聞いているのか?」
「え?」
れみは逗子に声をかけられて、我に返った。
逗子が暴走するかもしれないと危惧して、つい考え込んでしまったが、いつまでも病院にいても仕方がない。
「行きましょう」
と言うと
「この後、いつもの……いいだろ?」
逗子がいやらしく笑った。
——お金の次は、性欲って……呆れた男ね。
誘ってくる逗子に、れみは眉間に皺を入れた。
「悪いけど、今日は無理よ」
「なんでだよ?」
ムッとする逗子に、れみは淡々と言う。
「私、会社に行かないといけないからよ」
「会社?今日、休みじゃないのか?」
「違うわよ。午前中は直行で、お客様のところに行っていたの。今から出社して、給付金申請するの。早く、欲しいのでしょ?」
逗子はしばらく黙ったが、
「それなら仕方ないな」
と納得した。
——仮にも婚約者だった紗羅の姿を見て、罪悪感のかけらもない。お金が一番って、本当に最低な男。
でも、私も友達だった紗羅の姿を見ても、悲しまないのだから、この男と同類ね。
れみは自分の非情さに苦笑いを浮かべて、逗子と共に病院の廊下を歩いた。
廊下の向こう側から、年配の男女が歩いてきた。
——あれは……。
れみと逗子は、歩みを止めた。
紗羅の両親が、こちらに向かって歩いてきたからだ。
れみは笑顔を作り、声をかけようとした。だが声をかける前に、紗羅の両親が逗子とれみに気づく。
二人を見た紗羅の母親は大きく目を見開いたが、みるみる顔が変わり怒りを滲ませる。
「あなた達、よくも紗羅を……」
声を震わせ、母親の声のトーンが大きくなりかけたところで
「母さん!」
紗羅の父親が、強い声で制する。
「逗子くん、れみさん。二人とも紗羅と樹には近づかないでくれ」
「え?」
「お義父さん……?」
逗子の言葉に、紗羅の父親が鋭い眼光で睨みつける。
「お義父さんと呼ばないでくれ」
そう言って、紗羅の父親は、紗羅の母親の腕を掴んだ引きずるように歩き、二人の横を通り過ぎる。
通り過ぎる時、紗羅の母親が憎悪の目で二人を見て
「許さないから」
そう言って、二人は去った。
「な、なんだ?どういうことだ?お義父さん、『君のせいじゃない』と言ってたのに……」
——ガードレールに車が衝突。大破した車から救出された紗羅と樹は、すぐさま病院に搬送された。
二人の事故を聞いた両親、梶原夫妻はすぐに病院に駆けつけた。
梶原夫妻は紗羅の婚約者である逗子に、慌てて連絡をした。
連絡を受けてた逗子は、れみと共に急いで病院に駆けつけた。
逗子とれみが到着した時、梶原夫妻は警察から事故の詳細を聞かされていたところだった。
紗羅は逗子から譲られた軽自動車を運転していたが、逗子が定期点検を行った翌日に事故を起こした。
その事実から、警察は車に問題はないと判断。
事故は紗羅が坂道でブレーキを踏みすぎたせいだと、梶原夫妻に説明していた。
その説明を梶原夫妻の横で聞いた逗子は、すぐにある行動を起こした。
自分の婚約者の両親である梶原夫妻に、自分が車を譲らなければ良かったと、逗子は大袈裟に嘆いてみせたのだ。
嘆く逗子に、梶原夫妻は悲しみを堪えながらも逗子のせいではないと言って優しく慰めていた。
そのやりとりを見ていたれみは何も言わずに、終始黙っていた。
梶原夫妻は穏やかで怒ることのない人柄であることを、れみは知っていた。
我が子達が事故に遭えば混乱して、車の点検は問題なかったのかと逗子に詰め寄ったり、責めてしまうこともあるだろう。
それをせずに逗子を慰める、優しい梶原夫妻だった。
だが今の梶原夫妻は違う。
れみが今まで見たことのない、怒りに満ちた形相をしている。
梶原夫妻の変貌ぶりに、れみは驚きを隠せなかったが、
「おじさんとおばさん、混乱しているのよ。あの時は孝光のせいではないと言ったけど、今は精神が不安定になっているだけ。きっと、そうよ」
自分に言い聞かせるかのように逗子に話す。
そんなれみに対して逗子は、
「そうだな……。もし俺のせいにしたくなったとしても、警察の見解は変わらないからな」
とほくそ笑む表情を見せたが、れみは素直に笑えなかった。
——まさか、おじさん達……保険のことに気づいた?
紗羅にかけられた生命保険。その手続きは、れみが全て行っていた。
元々紗羅が加入していた保険内容を変更して、受取人を逗子に変えた。
紗羅には受取人を逗子に変えたことのみ、両親に告げるように言った。
紗羅はれみを信頼している。
疑うことなく、紗羅がれみの言われた通りにしていたならば、梶原夫妻は保険内容について何も知らないはずだ。
仮に梶原夫妻が保険の手配をしようとしていたとしても、交通事故は損害保険の適応が最優先になる。
——今は損害保険の手続きをしている最中だから、生命保険の手配まで気が回ってないはず……。
そう思いながらも焦燥感が消えないれみは、逗子に聞く。
「ねぇ、紗羅の保険証書は孝光が持っているわよね」
「ああ、俺が支払うからと預かったままだよ」
「それならいいの……」
逗子に紗羅の保険証書を持つように指示したのは、れみだ。
紗羅が保険証書を手元に残してないなら、梶原夫妻は何も知らないままだ。
——もしも……万が一かもしれないけど、紗羅の両親が保険契約内容を知っていたら……。
れみは逗子に向かって言った。
「私、急いで会社に行くから。じゃあ、またね!」
「おいっ!れみ!ちょっと待てよ」
逗子が呼び止める声を無視して、れみは急いで会社に向かった。
れみは本社ではなく、営業所勤務だ。
営業所に着いて、所内に入るとすぐに自分のデスクに向かった。
営業所内には数人の同僚がいたが、皆、れみと目を合わそうとしなかった。
れみは同僚が忙しいのだろうと、気にも止めなかった。
デスクの上のパソコンを起動させ、自分のIDとパスワードを入れて、保険契約データにアクセスをしたのだが……
「え?何、これ?」
画面には『error-00』の文字と、『アクセス不可』が表示されていた。
——なんなの?どうして、アクセスが出来ないのよっ!
れみは立ち上がって、パソコンの画面を見ている50代の女性のデスクへ、ヒールの音を鳴らしながら近づく。
れみに気づいて、女性が顔を上げた。
「係長!エラーコード表示が出て、アクセスが出来ないんですけどっ!」
れみは強い口調で言い放った。
係長と呼ばれた女性は、表情を変えることなくれみを見つめる。
すると係長のデスクの上にあった携帯電話から、着信音が鳴った。
係長はれみに片手をあげて”待て”という仕草をすると、携帯電話を手に取った。
「……はい。はい、わかりました」
と話した後、係長はすぐに電話を切った。
そして、れみに冷たい視線を向ける。
「糸原さん。そのエラーコードのことも含めて、話があります。
支店長がお呼びですので、一緒に行きましょう」
係長が立ち上がると、れみは真っ青な顔になって少し後退りをした。
「さぁ、行くわよ」
係長の強い口調に、れみは頷いたが……
——これは、まずいことになったわ。
引き攣った顔になったれみは、係長と共に支店長室に向かった。