城ヶ島のドライブから一週間が過ぎようとしていた。
あの日ドライブの帰り道、美月は海斗のスケジュールがこれから多忙を極めると聞いていた。
今週からはレコーディングが始まり、八月にはロックフェス、そして秋には全国ツアーが控えている。
付き合い始めてすぐに、こんなに忙しくて申し訳ないと海斗は謝る。
しかし美月は全然気にしていない。
むしろ忙しい海斗の邪魔にならないようにしなければと思っていた。
今日は日曜日なので美月は仕事が休みだった。
日曜日の彫金教室は貸し工房としてレンタルしているので、スタッフは当番以外は休みだった。
折角の日曜日、天気も良さそうなので美月は久しぶりにショッピングへ行こうと思った。
この前亜矢子と横浜でショッピングをした時は、気に入った物が見つからなかったので結局何も買わなかった。
ここ最近新しい服を買っていない美月は、久しぶりにゆっくり服を見ようと思った。
軽く朝食を済ませた後、一通りの家事を終えてから出かける準備をする。
美月はこの日、淡いブルーのシャツワンピースを着ていく事にした。
準備が出来るとお出かけ用のミニバッグを持って早速アパートを出た。
外に出ると初夏の日差しが眩しい。
美月が仕事以外で地下鉄に乗るのは久しぶりだった
「表参道に最後に来たのはいつが最後だったかな?」
自分でも思い出せないくらいに久しぶりだった。銀行員をしていた頃は、仕事帰りや休日によく行った街だ。
表参道は洒落た店がいっぱいあるので、ウィンドーショッピングするだけでも楽しかった。
駅を出ると、とりあえず昔よく行ったセレクトショップを覗いてみる事にする。
通りを歩いていると、街の景色がだいぶ変わっている事に気付く。
それほど長い間、自分は家に閉じこもっていたのかと驚く。
海斗に出逢わなければ、もしかしたらこの街の変化にも気づかないままだったかもしれない。
いくつかの店を見て回り、三番目に入った店で気に入ったブラウスを見つけた。
麻で出来たベージュのブラウスだ。袖が少し膨らみ襟元にギャザーが入ったフェミニンなデザインで、ジーンズにもスカートに
も合いそうだ。
美月は一目惚れしたそのブラウスを即購入する。
会計を済ませ店を出た美月は、ショッピングモールの方へも行ってみようと歩き始めた。
その時メールの着信音が鳴る。
メールは海斗からだった。
【お嬢様は本日はいかがお過ごしですか?】
海斗がいつもの調子で聞いて来たので、
【シンデレラは今ショッピング中です】
美月も冗談めかして返す。
最近の美月は海斗からのメールに少しユーモアを交えて返信出来るようになっていた。
海斗はありのままの美月を受け入れてくれる…そう確信し海斗に対する信頼が芽生えていたので、
臆することなく本当の自分をさらけ出せるようになっていた。
すると美月の返信を見た海斗がすぐにメールを返して来た。
【シンデレラさんは今どこで買物をしているの?】
【表参道です】
美月がそう返すと、またすぐに返事が来た。
【俺、今南青山のスタジオにいるから一緒にランチしよう。あと少しで休憩に入るから】
それを見た美月はびっくりした。今日レコーディングがあるのは聞いていたが、まさかこんなに近くにいるとは思ってもいなか
ったからだ。
【近過ぎてびっくり! 何時にどこで待っていればいいの?】
【スパイラルマルシェの前に13時半でいいかな? ガラスの靴をお持ちします】
海斗がふざけてそう返信して来たので美月も負けてはいなかった。
【かぼちゃの馬車で迎えに来てね】
スタジオにいた海斗は、美月からの返信を見て思わず頬が緩む。
最近、美月からのメールはよそよそしさがなくなり、美月本来の言葉遣いに変わってきた。そして時折ユーモアのある返事も返
ってくる。それが海斗にとっては嬉しかった。
「さて、あと少し頑張るか!」
海斗は気合を入れるとレコーディングに集中した。
待ち合わせの時間まではまだ少しあったので、美月はスパイラルマルシェの並びにある、インテリア雑貨の店を見て歩くことに
した。
店内には素敵な雑貨が所狭しと並んでいる。
美月はそれを見て回りながら、途中お化粧室に寄って軽くメイクを直した。
鏡を見ながら美月は、
「もうちょっとオシャレしてくれば良かったな…」
と呟いたが、すぐに頭を振るとこう思い直す。
(自分を必要以上に良く魅せようとするのはもうやめよう。彼にはありのままの自分を見せればいい)
最近の美月は全てを前向きに考えられるようになっていた。
海斗の優しさと包容力のお陰で、美月は本来の自分をすっかり取り戻していた。
美月はもう一度鏡を見てニッコリと微笑むと、約束の時間が近づいて来たので店を出て待ち合わせ場所へ向かった。
待ち合わせ場所には少し早く着いたので、しばらくは道行く人達を眺めていた。
目の前にある大通りの交差点には、信号待ちをしている人が溢れている。
(こんなに人が多い場所で待ち合わせをして大丈夫なのだろうか?)
美月は少し心配になる。
しかし海斗の事だからきっとまたサングラスをかけて変装してくるだろう。
美月は海斗が来るまでの間読みかけの本でも読もうと、バッグから本を取り出す。
その時、
「美月?」
誰かが美月の名を呼んだ。
その声は聞き覚えのある声だった。そこで美月はハッとする。
美月が顔を上げると、目の前には元夫の健太が立っていた。