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「だ、だめだ。暑すぎる……」
「ほんと暑いよねえ。もう汗でベタベタだよ。七月でこれなんだから、真夏になったらどうなることやら」
朝練のために明里と一緒に学校へと向かっているのだが、夏の太陽に体力ゲージをどんどん削られている僕である。
早朝でこの暑さだ。日が一番高く昇る時間帯になったら体が焦げてしまうのではないかと思えて仕方がない。
そんなことを考えながら、アスファルトの照り返しが追い打ちをかけてくる。毎年のこととはいえ、さすがにうんざりしてきた。
「しかもこれから、熱気がこもってるあの体育館で練習とか。ほとんど拷問だってば」
「ねー、嫌だよねえ。今日は睡眠不足だから体育館で倒れちゃわないか心配だよ。あ、私が倒れたら大輔が看病してね。優ーしく、ねっとりと」
「ねっとりと看病って何さ……。というか明里、寝不足なんだ。夜更かしもほどほどにね。それで、何をやってたの?」
「うん! 昨日引き伸ばしてポスターにした大輔の裸を見てたらなんか興奮しちゃって眠れなかったの。だからこの寝不足は大輔のせいでもあると私は思うんだ。でも幸せだったなあ。ポスターに囲まれながらあんなことやこんなことを。うふふふふっ」
「明里、お前……なんかさ。最近どんどん変態度が増していってない?」
「変態とは失礼な。私に溺愛されてるだけありがたく思いなさいよ。で、大輔は『あんなことやこんなこと』って聞いて何を想像してたのかなあー?」
僕を見ながらニヤニヤする明里だったけど、その質問には答えなかった。あえて。だって怖いんだもん。
「おお、宮部。それに宮部のお嫁さんも。おはようさん。結構久し振りだよな、ここで会うのも」
「あ、田西先輩! おはようございます!」
朝の挨拶と共に、僕は深くお辞儀。体育会系の部活あるあるだけど、先輩に対しては絶対服従であることが基本だ。上下関係が厳しいので。少なくとも、僕が所属するバスケットボール部では当たり前のことである。
「いつも言ってるだろ。俺にはそんな気を遣う必要なんかないって。もっと気楽にいこうぜ」
田西先輩と僕は学校までの経路が途中から同じため、こうしてたまに朝の登校時に会うことがあった。だから入学してからというもの、雑談をしながら一緒に歩いて学校へ行く機会がやたらと多かった。
「いやーん、田西先輩ったら。私のことをお嫁さんだなんて。照れちゃうなあ。でも事実だから仕方がないよね。えへへ」
相変わらずこっちがヒヤヒヤするよ。田西先輩に向かってタメ口とか。
「あははっ! うん、そうだね。事実だから仕方がないよね。しかし明里ちゃんは今日も朝から元気だね。半分でいいから分けてほしいよ」
田西先輩、相変わらず優しいな。全く偉ぶらないし、物腰も柔らか。それに常に後輩のことを気遣ってくれる。そのため、僕は選手としても、人間としても、この人のことを心底尊敬している。
だからこそ気になるんだ。どうして今度の練習試合から外されたのか。そして、昨日の練習に来ていなかったのか。訊きたいけど、訊けない。明里も言っていたけど、『訳あり』なのだろうから。
「ねえ、田西先輩? 昨日はどうして部活来なかったんですか?」
いきなり本題かよ! コイツ、本当に怖いもの知らずだな。自分で『訳あり』だって言ってたにも関わらず、馴れ馴れしく切り出すとか。
「んー。まあ、いつか話さなきゃいけなかったからいい機会かな。俺さ、落ちたんだよ。バスケでの推薦入学に」
「え? 落ちた? 田西先輩がですか?」
「まあねえ。バスケには結構自信あったんだけどなあ。井の中の蛙とはまさにこういうことを言うんだろうね」
正直なところ、ショックだった。僕は同じシューティングガードとして、田西先輩よりも上手い選手を知らない。少なくとも県内では。なのに、落とされた。信じられないし、信じたくなかった。
「あ、あの。落ちたってどういうことですか? あと、井の中の蛙って……」
さすがの明里も動揺しているようだった。さっきまでの明るい表情が消え、声にも戸惑いの色が滲んでいる。
「どういうことって、そのままの意味だよ。一応、最終テストまでは行ったんだけどさ。でも、俺の実力不足が理由で落とされちゃった」
「実力……不足……」
「まあ、そういうこと。当たり前だよな。全国から上手い選手が集まってくるんだから。その人達と比べたら、俺程度じゃ全く太刀打ちできなくて。勝負にもならなかったよ。情けないったらありゃしない」
一切暗い顔を見せず、田西先輩はいつもと変わらぬテンションで僕達にそう教えてくれた。
「……そんなに上手かったんですか? 他の皆さんは」
「上手いどころじゃなかったなあ。スリーポイントだけならまだしも、ハンドリングが凄まじくてね。この人達の目は一体いくつあるんだよって思った。パスを出す時なんてほとんどノールックだよ? なのに、ノーマークになってる選手にピンポイントで鋭いパスを出したりしてさ。『あー、俺じゃ勝ち目ないなあ』って痛感させられた」
言葉にならなかったし、かける言葉が見つからなかった。それに今、僕が何を言っても意味がない。もう結果は出てしまったのだから。
「そう、ですか……痛っ!」
田西先輩は僕の額にデコピンを食らわせた。いつもの優しい笑顔を浮かべながら。
「宮部が落ち込んでどうするんだよ。それに、お前には才能があるんだからさ。俺みたいにならないように、今の内に『自分』を知っておけ。落ちた奴が言ってもなんの説得力もないけどね。ははっ!」
推薦の話がなくなって辛いはずなのに、どうしてこんなにも優しい言葉をかけてくれるんだろう。
だからこそ、上手く言葉にできないかもしれないけど、どうしても伝えたかった。バスケが上手くて、人を気遣って、辛くても笑顔を絶やさないこの先輩に。
「――田西先輩。僕はいつまでも追いかけますよ。目標にしてる先輩の背中を」
それだけ。たったそれだけ伝えたかった。僕にとっての田西先輩は、いつまで経っても僕の目標だ。
この気持ちが伝わってくれることを、僕は信じるしかない。
「――ありがとうな、宮部。お前に託すことができてよかったよ」
「僕に、託す?」
僕のそれを聞いて、田西先輩は明里に向かって目配せをした。下手くそなウィンクで。そして明里は僕に顔を見られないよう、そっぽを向いた。
もしかして、明里は何かを知っているのか?
そんな疑問を遮るかのようにして、田西先輩はさっきまでとはまた違ったニヤケ顔を僕に向けた。
「あ、あの! 田西先輩! 僕に託すってどういう――痛い! 痛いってば!!」
僕の右腕に激痛が走ったと思ったら、明里が力いっぱい僕のそこをギュッとつねってきたのだ。
「な、なんでつねるんだよ明里!」
「別にー。あ、そうだ! 私、ちょっと先に行ってるね。ひとつ用事を忘れててさ。ごめんね」
言葉を残し、明里は学校へと駆け足で行ってしまった。
「相変わらず、空気を読むのが上手いな。まあ、俺はまだ宮部には言うつもりはないんだけどね」
そう言ってから、田西先輩は内緒話でもするかのようにして、僕の耳元まで顔を近付けた。
「それで、いつ告白するのかな? あのマネージャーちゃんに」
一気に赤面した僕である。
「な、ななな、何言ってるんですか田西先輩! ぼ、僕は別に明里のことなんか――」
「誰が『明里』ちゃんなんて言ったの? 俺は『マネージャー』ちゃんとしか言ってないんだけど。おかしいなあ。マネージャーだったら他にも二人いるはずなんだけどなあ」
「え……。そ、そうですよね……」
――それから。
僕は恥ずかしさのあまり、田西先輩に顔を見られないように俯きながら学校まで歩き続けた。
やっぱり先輩は侮れない。
【続く】
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#ハッピーエンド
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