テラーノベル
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翌朝、テオファイルは店の奥から、細長い木箱を持ってきた。
古い万年筆や封蝋がしまわれていそうな、ていねいな箱だった。ふたの裏に、小さく祖父の名前がある。
「これを出すのは、もう少し先かと思ってた」
テオファイルは箱を机に置いた。
サペは言葉もなく見つめる。
「おまえの祖父さんから預かってた。もし渡せない手紙が残ったまま大人になったら、その時に出してやれって」
エリアが息をのむ。
サペの指が、ふたに触れた。
開けるのに、妙に時間がかかる。
中には封筒が一通だけ入っていた。少し黄ばんだ紙。表には宛名もなく、角ににじんだ書き直しの跡が残っている。
「あの日の……」
サペの声はかすれていた。
テオファイルがうなずく。
「卒業式の朝、工房へ忘れていった。祖父さんは追いかけようとしたが、おまえもンドレスも、あの日はみんな足が速すぎた」
サペは封筒を持ち上げた。
軽い。紙一枚か二枚だろう。なのに、工具箱ひとつより重い。
「なんで今まで」
エリアが聞く。
「預かった人間が臆病だった」
テオファイルは苦く笑った。
「昔のことは、寝かせれば角が取れると思ってた。でも、寝かせたまま腐るものもある」
その言い方は、自分にも向けたものだった。
サペは封筒を見たまま動けない。
中にあるのは、おそらく大した美文ではない。字もきっとへただ。けれど、そのへたな言葉を渡せなかったことで、何年もこじれたものがある。
エリアは、封筒へ手を伸ばしかけて、やめた。
代わりに言う。
「持っときな」
サペはうなずき、胸ポケットへ入れた。
その動作だけで、空気が少し変わる。
まだ読んでいない。まだ何もほどけていない。けれど、しまい込まれていたものがようやく持ち主の体温へ戻った。
その時、工房の外で自転車が急停止する音がした。
ズジが飛び込んでくる。
「箱庭座の古い関係者、見つけた」
彼女の頬は興奮で赤かった。
「アイナグルの昔の話、やっと口を割った人がいる」
#勧善懲悪
#勧善懲悪
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