日下部の目が、まっすぐに自分を見ている――それが、いちばん怖かった。
触られることは慣れていた。
見られることも、黙って耐えてきた。
命令されるのも、命じられるのも、言葉を失うほど日常にあった。
けれど、「心を見ようとされる」ことだけは、どうしても耐えられなかった。
その視線が優しければ優しいほど、遥は怖くなった。
なにかを暴こうとしているわけじゃないと分かっても。
ただ、そこに居ようとしているだけだと分かっても。
(……そんな顔、すんなよ)
逃げたくなる。
けれど、逃げたくなる理由を口にできない。
「信じたいけど信じられない」なんて言い訳を、
あいつに聞かせたくない。
口にしたら、どこかで期待してるって、バレる気がして。
遥は、自分がどこまで壊れているかを知っていた。
優しさを向けられるたびに、
「どうせそのうち汚される」と先回りして自分を安く売ってしまう癖。
与えられた信頼を、試し行動で踏みにじる癖。
それでも――
「信じてもいいか?」なんて言われたら、
“信じたい”自分が中にいることが、もっと怖かった。
もし、こいつにだけは“心”を預けてしまったら。
裏切られたとき、取り返しがつかなくなる。
体じゃなくて。
言葉じゃなくて。
心が壊れる気がした。
そんな遥に、日下部は何も強制しなかった。
だからこそ、苦しい。
見返りを求めてこないのが、いちばん恐ろしい。
傷つけてくれた方がよっぽど楽だった。
そうして遥は、静かに肩を震わせながら、目をそらした。
声も出さず、何も言わず、ただ――心を守るように自分を抱え込む。
それは、愛されたいわけじゃない。
ただ、「信じたくなる自分がいること」を、認めたくなかっただけだ。