幾千幾万と混在する世界のとある星の一つに、緑と水に溢れた【オアーゼ】と呼ばれる大陸がある。その大半を広大な海で満たされているこの星では、オアーゼ大陸は砂漠で見付けたオアシスが如く貴重な大地だ。自然豊かなその土地は様々な資源に恵まれ、綺麗な飲み水も多く、栄養価の高い土は数多の命を育んでいった。人間、獣人、魔物、精霊や神霊、動植物も数多く生きる美しい大地となったが、悲しい事にそれら全てを養うにはオアーゼはあまりに狭く、生き物同士は次第に対立するようになってしまった。
多種との平和と共存を願う人間と獣人、そして一部の獣達。
攻撃的で弱肉強食を掲げる魔物と、ぬるい平和を嫌うならず者達。
両者は相見える度に争いを繰り返してきたが、長い年月の間どうにか均衡を保ち続けていた。だが、魔物達の中に『魔王』と呼ばれる存在が出現した途端、絶妙なバランスを保っていた勢力図は壊れた天秤みたいに一気に片側に傾き、平和を願う種族は全て、絶滅危惧種と化す直前にまで追い込まれてしまった。『このままいけば魔物側の勝利だ、豊かなオアーゼは今以上に混沌の大地と化すだろう』と誰もが思った。
——だが。 ある日突然、何故か魔王が自殺した事で事態は一転したのだ。
理由はわからない。だが彼は何の前触れもなく、城の玉座で、自身の胸に短剣を突き刺して死んでいたのだ。それにより統制を失った下級の魔物達は混乱し、力ある者達は『我こそが次の王だ』と互いに殺し合いを始め、魔物達は急速に自滅していった。
それから五年。
魔物達は未だに衰退の一途を辿り続ける中、人々は勢力を取り戻そうと躍起になっていた。だが圧倒的に人員が足りず、破壊され尽くされた街の復興もままならない。そんな中、“魔塔”と呼ばれる施設に暮らす魔法使い達が『実は、人材を簡単に増やす方法がある』と多くの権力者に打診してきた。そんな都合の良い話はあるはずが無いと半信半疑になりつつも、全てがひっ迫している状況では藁にでも縋りたくなるものだ。『ならば、話を聞くだけなら』と、権力者達は魔法使いに『その方法は?』と訊いた。すると彼らはこう答えたそうだ。
『他の世界から、人材を連れて来たらいいのだ』と。
それにより、此処オアーゼには異世界からの移民が増えていく事になる。復興を担う新しい人材を集める為、数多くの魔法使い達が様々な世界へ勧誘しに行った成果だった。
魔王の突然の自殺から五年。
異世界からの移住計画がスタートしてからは一年が経った、とある春の日。オアーゼ大陸の東部に位置する【ガイスト】と呼ばれる地域の森の中。武器を携えた三人の人間と、一人の獣人が魔物の残党と戦っている。魔王が率いていた者達の中でも、相当下っ端に属していたゴブリン達が相手だ。この世界に住むゴブリンは厄介な事に繁殖力がとても強く、特にオスは多種族の女性体をも襲い、子孫を増やそうとする習性がある。それ故『その光景を見たい』と言う一部のド変態達以外からは忌み嫌われており、仕事依頼の掲示板に討伐依頼が張られている事が最も多い種族でもある。メスのゴブリンは金品を好み強奪しようともする為、両性共に討伐対象となっているからか、流石に最近では随分と数が減ってきているそうだ。
「そっちの様子はどうだ?ロイヤル」
「大方片付いた感じだな」
ロイヤルと呼ばれた男は足元に転がるゴブリンから片手剣を引き抜くと、自身に声を掛けてきたアーチャーのスカルに返事をした。
「こっちも完了だ!」
少し離れた位置からそう叫んだ戦士は大きな盾を持っており、その盾を地面にドンッと置いた。
「一、二、三…… 」
地面に転がっているゴブリンの小さな遺体の数を数えつつ、手に持つ半透明な水晶にも似た魔法石の中に遺体を回収している修道女の様なデザインをした白い衣装に身を包む少女は軽く手を上げ、「討伐依頼数は三十体なので、これで完了です」と三人の男達に報告した。
オオカミにも似た獣耳を持ち、アイスブルーの特徴的な色の髪をショートボブにした少女は三人の元へ大きな尻尾を揺らしながら小走りに駆け寄り、このパーティーのリーダーであるロイヤルに魔法石を渡す。
「おう」と無愛想に返事をし、ロイヤルがそれを受け取った。
ロイヤル、スカル、そして大きな盾を持っている戦士はキングとそれぞれが名乗り、常に三人はセットで行動している固定パーティーだ。だがヒーラーである獣人の少女は臨時雇いの人材だからか、彼らとは少し距離を取って礼儀正しく立っている。
今回の討伐対象は魔物の中でも最弱に位置するゴブリンだったので、ヒーラー職では出番が無かった。それなのに報酬は均等に分けねばならないルールがあるからか、三人の機嫌が少し悪い。だが薬師も薬草も足りていない現状では下級の回復薬ですらそこそこ高い故、討伐人員としてはまだ駆け出しの彼らの懐事情では色々と金銭的に厳しい。だけど討伐隊ギルドに属しているヒーラー職の者を日雇いで連れて行けば多少は安く済む。ギルドは人命第一をモットーとしているので回復手段も無く討伐に出ると罰金が発生する為、彼らは仕方なくこの少女を雇ったのだが、『今回も、その必要すらなかったな』と目配せだけで文句を言い合った。
(…… あぁ。これって、また報酬を減らされるパターンかなぁ)
安っぽい杖をぎゅっと握り、少女がこっそり溜息をつく。補充要員として雇われたはいいが、回復が必要無いまま仕事が終わり、難癖を言われて報酬を減らされる事が今までに何度も何度もあった為、『今回も、かぁ…… 』と少女は一人、早々に諦め始めた。
少しだけ視線を上げて三人の様子を少女が伺う。派手な色味の金髪と緑色をした瞳は東洋風のシンプルな顔立ちをしている男達にはちょっと不自然な色味だ。彼らの姿をよく見ると、戦闘職の三人には、獣人の少女の獣耳と同じくスプリンググリーン色をした小振りの宝石がピアスの様に埋まっている。その宝石には翻訳魔法と簡単な防御魔法が施されている痕跡もあり、それを見付けた少女は、『あ、ロイヤルさん達も私と同じ移住者だったのか』と、今までに何度もパーティーを組んだ事があったのに今更気が付いた。異世界からの移住者であれば、本名っぽくない名前も、馴染んでいない派手な髪色と瞳も、全てに説明がつく。きっと移住時に心機一転しようと自分で選んだスタイルなのだろう。
(うんうん。折角新天地で生きていけるなら、色々変えたいよね)
彼女もまた本来の容姿とは全く別の姿になっている為、彼らに対して一人勝手に共感を抱いていると、「んじゃ、暗くなる前に町まで戻るか」とロイヤルが三人に声を掛けた。
「んだな」
「おう」
「了解です」
それぞれが返事をし、町の方角に向かって歩き出す。討伐中には出番が無かった身だが、せめてもと思って疲労回復の魔法を少女が三人に施すと、「お、体が軽くなったな」と言ってスカルが喜びながら腕をほぐす様に回した。
「んだよ、もっと早く使えってーの!」
感謝の言葉もなく、ロイヤルが少女の後頭部を軽く叩く。するとその様子を見ていたスカルとキングは面白い芝居でも見たみたいに笑い始めた。
「すみません、気が利かず」
空笑いをし、トボトボと三人の後ろについて行く。“ヒーラー”は適性者が少なくてとても貴重な人材なのだが、簡単な仕事しか受けた事のない彼らはそうである事を知らないみたいだ。だが少女は文句一つ口にする事なく、申し訳なさそうな顔をして俯いている。彼らへの不満を溜めているのではなく、不甲斐ない自分の行動を反省しながら。