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教室の机に、少年がうつむいて座っていた。話すまでに、時間がかかった。
日下部は、黙って座っていた。
「……最近、ずっと思ってるんです」
「……生きてても、しょうがないって」
声は小さかったが、はっきりしていた。
無理に感情を込めていない分、逆に真に迫っていた。
「別に、誰に嫌われたとかじゃないけど。
期待もされてないし、いなくなっても、そんなに困らないと思うんです。
自分でも、これ以上どうしていいかわかんない。
……消えたいって、思ってるわけじゃないけど、
でも、生きてる意味も……ない、って」
日下部は、しばらく無言だった。
そして、唐突に口を開いた。
「……俺、そういうの、わりとよく考えてた」
静かな声だった。
共感でも慰めでもなく、ただ“事実”として。
「小学校のとき、家にも学校にもいたくなかった。
中学のときは、何してても空っぽで、
“生きてても”って思うの、日常だった」
少年は顔を上げた。
意外だったのかもしれない。
日下部は目を伏せずに、そのまま続けた。
「それでも、なぜか生きてた。
理由なんか、なかった。
ただ、“終わらせるのも面倒だな”って、それだけで、毎日起きてた」
言葉は淡々としていた。
けれど、逃げていなかった。
「死ぬなよ、なんて言わない。
ただ――」
一拍、空いた。
「生きてるってのは、“いつか変わるかもしれない”っていう、
ほんの小さな賭けに、今も乗ってるってことだと思ってる」
机の上の手が、少しだけ動いた。
「お前がいなくなったら困る人、今いないかもしれない。
けど、十年後にはいるかもしれない。
五年かも、一年かも、明日かもしれない。
……でも、いなかったとしても――それでも生きてていいって、
誰かに証明される前に、
自分で決めていいんじゃないか」
少年は、何も言わなかった。
ただ、目を伏せたまま、ゆっくり呼吸していた。
日下部は、最後にぽつりと言った。
「俺は、お前のこと“生きてていい”と思ってる。
理由はないけどな。
でも、お前がここに来たこと、俺は……ちゃんと、うれしかったよ」
静かだった。
感動的な音楽も、明確な救いも、ここにはない。
でも、それでも――
その場から動けなくなっていた少年が、
ほんの少しだけ、背中を起こした。
そして日下部は、また何も言わず、机の上の本を閉じた。