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夕暮れの光が沈みかけて、相談室の窓をゆっくり染めていた。静かなはずの放課後なのに、その空気だけがどこかざらついている。
ノックの音。
蓮司は手元の書類から視線を上げもせず、ひと言だけ。
「入れよ」
扉が少しだけ開き、同年代の男子が顔をのぞかせた。
入っていいのか迷うように数秒止まり、ゆっくり歩み寄ってくる。
鞄を胸に抱えたまま、彼はぽつりと落とした。
「……勉強も部活も、全部中途半端で嫌になるんだ」
蓮司は椅子の背にもたれ、片手でペンを回す。
「ふーん。で?」
「“頑張れ”って言われても、頑張れないし。
やろうとしても集中できないし……。
サボってるわけじゃないのに、全部中途半端で……」
声が少しずつ細くなる。
「勝手に自分のこと責めて、気づいたら何もしたくなくなってる」
蓮司はそこでようやく視線だけ向けた。
その眼差しは冷たくも優しくもなく、ただ“見ている”だけの温度。
「中途半端って言うけどさ」
彼は机に肘をつきながら言う。
「そもそも全部うまく回せるやつなんていねぇよ」
「でも――」
言い返そうとした声は弱々しい。
「お前が思ってる“ちゃんとできる自分”って、たぶん理想形すぎんだよ。
最初から完璧な前提でいるから、ちょっと崩れると全部ダメに見えるだけ」
少年はぎゅっと唇を噛んだ。
否定されたわけじゃないのに、胸の奥がきゅっと痛んだ。
蓮司は指先で机を軽く叩く。
「頑張れない時期ってのは、別に珍しくねぇ。
むしろ、ずっと頑張り続けられるほうが不自然だろ」
窓の外では、部活の掛け声がまだ遠く響いている。
その音に、少年の肩がほんの少しだけすくんだ。
「……じゃあ、どうすればいいんだろう」
消え入りそうな声だった。
蓮司は少し考えるように天井を見上げ、ゆっくり言葉を落とす。
「ひとつだけ言っとくけどさ。
“頑張れない自分”を責めたところで、急に頑張れるようにはなんねぇよ」
少年は目を瞬かせた。
蓮司は続ける。
「責めるんじゃなくて、“今どこまでなら動けるか”だけ見りゃいい。
五割でも三割でも一割でも、生きてりゃ進んでる扱いでいい」
その声は軽いのに、不思議と刺さる。
強く引っ張るわけでも、慰めるわけでもない。
ただ、底に沈んでいた心を静かに照らすような響き。
「……一割でも、進んでる扱い、か」
「そうそう」
蓮司はペンを回し、ふっと笑った。
「中途半端ってのはな、“やろうとしてる途中”って意味だ。
止まってるわけじゃねぇよ」
少年の肩から、かすかに力が抜けた。
目の奥の強張りも、ほんの少しほどけていく。
教室に、夕陽の赤が静かに広がる。
その沈黙を、蓮司は邪魔しなかった。
そこには、責める必要も、急ぐ必要もなかった。
ただ“息ができる場所”がひとつ増えただけだった。