放課後の教室は、曇り空の名残を吸い込んで薄暗い。
ドアが開くと、ひやりとした風と一緒に来訪者が入ってきた。
鞄を机に置き、ため息をひとつ。
「……誰かに見られてる気がして、何するにも緊張する。
歩き方、話し方、全部チェックされてるようで」
蓮司は窓際に腰を下ろし、指先でペンを回した。
「見られてる感じって、じわっとくるよな。
俺も教室のドア開けるだけで
“今みんな見てる”って変に意識する日ある」
来訪者が少し驚く。
「蓮司くんでも?」
「あるさ。
でもさ、ほとんどの人は自分のこと見るのに忙しい。
歩き方なんて、三秒で忘れる」
「頭では分かるけど……心がついてこない」
「じゃあ逆に、
“誰かが自分をじっと見てる”って思ったとき、
その人が何考えてるか想像してみ。
たぶん『明日のテストやべぇ』とか
『夕飯なに食べよ』とか、そんなもんだろ」
来訪者が小さく息を漏らす。
「……ほんとに、そんなもんかな。」
「そう。
人の視線って、鏡みたいな錯覚なんだ。
自分が気にしてるほど相手は気にしてない。
だから気づいたら“見られてる自分”じゃなく
“自分を見てる自分”と戦ってるだけ」
外の雲が少し割れて、教室に淡い光が差す。
蓮司は視線を窓の外に投げながら、
「他人の目は幻みたいなもんだ。
でも怖いと思う自分も、ちゃんと生きてる証拠。
その感覚を持ったまま、今日を過ごせばいい」
静かな時間が流れ、来訪者は肩の力をゆっくり抜いた。
「……少し軽くなった気がする」
蓮司はほんの少しだけ笑って、
「それだけで上出来。
幻と仲良くしながら歩けばいいさ」
窓の外、雲の隙間から細い夕陽が伸びていた。
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