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るるくらげ
いと
#和風ファンタジー
俺は板垣の首に大鎌を振り落としたが——
板垣は静かに瞼を閉じた。
——なっ、なんだ?
抗うことなく、受け入れようとしている板垣の姿。
俺は動揺した。
だが、振り下ろした鎌の勢いは止まらない。
鎌の刃は、板垣の魂を繋ぐ糸の帯に刺さったが、ここで中途半端に止めるなんて出来ない。
俺はそのまま鎌の刃を動かし、魂を掬った。
掬い出したものの、俺が変なフォームを取ったせいで、魂は板垣の足元に転げ落ちた。
その落ちた魂を見て俺は、
「え?……」
と、驚きの声を上げる。
何故なら、今まで刈り取った魂と全く別のモノ——真珠色に光輝く、綺麗な魂、美しい魂だった。
「これは……」
と小さな声を発したが、俺はそのまま言葉を失う。
立ちすくんで、板垣の魂を見つめていたが……
「樹、どけ!」
突然に現れたグリムは冷たい声を放って、俺を押し除ける。
落ちた魂を前にして跪いたグリムは、板垣の魂を両手で包んでうやうやしく拾い上げた。
丁寧にそっと魂を片手に乗せると、グリムは反対の手をマントの下に入れて、本を取り出した。
背表紙に、板垣怜と書かれている人名本。
それを掲げたグリムは
「僕はいつでも呼べと、言ったよね?」
と、低く冷たい声を出した。
「それは……」
俺が言葉を詰まらせると、グリムは板垣をチラッと見て視線を移す。
グリムは自分の手のひらの上にある板垣の魂に、視線を向けて小さな声で言った。
「樹……この魂は、大罪に値しない」
「え?」
グリムは顔をあげて、俺を真っ直ぐに見据える。
「板垣怜。彼は紗羅を守ろうとしたアンダーライターだ」
「アンダー……ライター?」
「保険会社の調査員のことだよ。彼は紗羅にかけられた保険、樹と紗羅の事故の調査をしていた」
「え?保険の調査……員?じゃあ……」
俺がゆっくり板垣へと振り返ると、板垣は俺に優しい笑みを浮かべた。
「僕は紗羅さんにかけられた保険の会社。ラマン生命保険株式会社の契約審査部に所属しているんだ」
「え?紗羅にかけられた保険?どういうことだ?それは何の保険なんだ?」
俺は何がなんだかわからないが、板垣は保険会社の社員で、紗羅が保険をかけられていたということだけは理解した。
「紗羅さんは、婚約者の逗子孝光と一緒に高額の生命保険に加入した。保険担当者の糸原れみは当社の社員だけど、紗羅さんの友人……だよね?」
俺は無言で、頷く。
「僕は元々逗子孝光の保険を、事業で契約した保険の数々に不審な点があって、調べていたんだ」
板垣は静かに語る。
「そんな中で紗羅さんが逗子と婚約して、互いを受取人にした保険を契約した。
糸原が保険契約を作成したが、その内容が明らかにおかしかった」
「おかしいって……何が、変だったんだ?」
「逗子の経営している自動車修理業は、かなりの赤字を出している。
それなのに逗子は年商、個人年収に見合わない高額保険に加入した。
だが、それだけではなく紗羅さんは、逗子と同じ条件の生命保険に加入したんだ」
「それって……紗羅はわかって加入したんじゃないのか……?」
板垣は静かに首を横に振る。
「紗羅さんはおそらく何もわかってなかったはず。糸原が結婚祝いだと称して、保険契約内容を作成したから……」
この時、俺の脳裏にある光景が浮かんだ。
——店の中に、紗羅とれみさんだけがいる映像。
「結婚祝いだからね」
と言ったれみさんは、紗羅に長封筒を渡して、紗羅が
「いいプランを用意してくれてありがとう」
と笑っている。
鏡の壁に映し出された映像が、フラッシュバックする。
「……まさか?」
板垣は俺の目を見て、言う。
「紗羅さんが保険加入してすぐに、紗羅さんと樹くん。君達二人は、逗子が点検した車に乗って、事故に遭った」
「——ッ!!」
俺は口に手を当てる。
まさか……まさか……あの事故は……。
「警察は紗羅さんが坂道でブレーキを踏み過ぎたと、鑑識が入ることなく判断されたが、実際は違う。
車の点検で交換された新しいフルード、つまり新しいブレーキ液に異質の液体が混入されていたんだ」
「異質の……液体?それってベーパーロックじゃ……」
俺が全て言い終える前に、板垣は頷いた。
——ベーパーロック
ブレーキ液の中に異質の液体が入ったことで、気泡が発生して、ブレーキが全く効かなくなる現象。
つまり紗羅と俺が乗っていた車は……
「当社の事故調査員が、車体の隅々まで、くまなく調べあげたんだ。
フルードの液体成分を分析した結果、あの事故は意図的にベーパーロック現象が起きるように細工されていた」
「そんな……」
膝の力が抜けて、ヘナヘナと地面に崩れ落ちる俺に板垣は言った。
「逗子と糸原はグルだ。
樹くんは糸原から、僕のことを紗羅さんのストーカーと聞かされたんだろ?」
呆然とした顔になったままの俺は、板垣の言葉にゆっくりと首を縦に振る。
「糸原は、僕が本社の調査員だと知らない。
僕の素性は知らなくても、パンを毎日買いに行く僕が、紗羅さんに惹かれてたのには気づいていたのだろうね。
そこで糸原は万が一のことを考えて、いざとなったら僕をストーカーとして、犯人に仕立てようと考えたのだと思う」
板垣は情け無い顔で苦笑いをしたが、俺に優しい目を向けて言った。
「でも、大丈夫だよ。
保険契約はシステム上でロックをかけた。
今日、調査報告書を君のご両親に渡して、警察に相談するように言ったから。
それと当社の法務部に、保険詐欺の被害届を出すようにしているから」
この瞬間、俺は全てを悟った。
板垣を……いや、板垣さんを、れみさんの言葉を鵜呑みをして、俺はこの人をストーカー扱いをしていた。
この人は紗羅と俺の為に、真実を追求してくれていた。
それなのに俺は……
「うわぁぁぁぁあぁぁぁあ」
大声で絶叫した。
俺は間違えた!魂を取るべきではない人を、間違えて……
半狂乱になった俺は、力が抜けた足を奮い立たせて、グリムの元に行く。
グリムの両腕を掴んで叫んだ。
「グリム!俺、間違えた!
この人を、この人の魂を……
元に戻すのは、どうしたら……」
叫ぶ俺を、グリムは無機質な目で見る。
「早くしないと!この人は……」
俺が焦って叫ぶ中、グリムは一言だけ言った。
「無理だ」
「え?」
呆然とする俺に、グリムは低い声を放つ。
「一度刈り取った魂は、元に戻せない」
目を見開いている俺に、
「元には、戻せないんだよ……樹」
グリムは悲しげな目をして……言った。
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