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18 - №6【だんだんあなたを好きになる】

♥

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2024年11月24日

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画像


冬の日曜日の朝、私は朝食の後片付けをしていた。

ここは海の近くの分譲マンション。新築の3LDKのマンションは結婚2年目に夫が買ってくれたマイホームだ。

今私はマンションのカウンターキッチンに立ちながら、夫の行動をこっそり盗み見ている。


日曜の朝の夫の行動はほぼ決まっていた。


朝食を食べた後夫は、決まって窓辺に並んでいる小さな観葉植物達の手入れをする。

寝癖がついたままの頭でボーッと植物の世話をする夫の姿を、こっそり見るのが私の密かな楽しみだ。


観葉植物の鉢は気付くと7つに増えていた。

夫が買って来た物が4つ、あとの3つは二人でショッピングに行った時に買った物だ。

夫はその植物達をまるで我が子のように慈しむ。

霧吹きをかけたり丁寧に葉を拭いたり、時には土を入れ替える。

そうして愛情を込めながら甲斐甲斐しく世話をする。


植物の世話が終わると、今度は決まって猫のミイと遊ぶ。

ミイがおもちゃで釣れない時に少しがっかりした表情をするのもいつもの事だ。

そんな夫の姿をこっそり盗み見るのが好きだった。


昔何かで読んだ。


『植物の世話をきちんとする男は家庭を大事にする』


…と。


それが本当の事だと知ったのは結婚してからだった。

夫は間違いなく家庭を大事にしていた。

だから私は夫が植物の世話をするのを見るのが好きなのかもしれない。



私と夫が出逢ったのは知人の紹介だった。


昔風に言えばお見合い。

しかし決して堅苦しいお見合いなんかではなくカジュアルなお見合いだ。

当時恋人がいない私に知人がお見合いの話を持って来た。

私は軽い気持ちで写真を見せてもらう。


お見合い相手は私立高校で生物を教える教師だった。

その時見せてもらった写真には、教室で授業をしている夫の姿があった。

肘まで捲り上げたワイシャツ、チョークを握る手、黒板の前に立つ夫は『ザ・教師!』そのものだった。

第一印象はそんな感じだ。


写真の中の夫は穏やかな笑顔を浮かべていた。その少し控えめな笑顔に惹かれた私は夫と会ってみる事にした。


あくまでもカジュアルなお見合いなので、知人からは直接連絡を取って会う日を決めなさいと言われる。そして夫の連絡先を教えられる。

しかし連絡先をもらっても女である自分から連絡する勇気はなかったので、特にリアクションは起こさずにそのまま放置していた。

すると4日後に夫からメッセージが届いた。


【初めまして。よろしければ今度お茶でも飲みに行きませんか?】


そっけないメールだったが、私はなぜか『お茶』というフレーズに心惹かれた。

なぜなら私は大のカフェ好きだったからだ。


初対面でいきなり食事に行くのは緊張するがお茶なら気軽に行けそうだ。

私はその誘いに応じる事にした。


【お誘いありがとうございます。お茶でしたら行ってみたいカフェがあるのですが…】


いつもだったら初対面の人にそんな図々しい事は言わない。しかしなぜかこの時は素直に自分の要望を伝えていた。

それはもしかしたら自分がお見合いに対して夢や希望を抱いていなかったからかもしれない。


そして翌週私はカフェで夫と会う事になった。



お見合い当日、悩んだ末私は七分袖の白のブラウスにブルー系の小花柄のフレアースカートを着る事にした。

甘すぎず地味過ぎない組み合わせなので無難だろう。

身支度を終えた私はカフェへ向かった。


約束の5分前にカフェの前に着いた。

店の入口には沢山のハーブが植えられ辺り一面にハーブの良い香りが漂っている。

カフェはとても可愛らしい洋館で、それだけでテンションが上がる。


そこで私は覚悟を決めると少し緊張しながら店へ入った。


(あっ、もう来てる)


夫は既に来ていた。窓辺の席へ座り静かに本を読んでいる。

店内は若い女性客ばかりなので夫の存在はかなり目立っていた。


私はドキドキしながら夫のテーブルへ向かう。そして傍へ近付きながらそれとなく夫の様子を観察した。


夫はカーキ色のパンツにチェックのネルシャツを着ていた。そして足元には大きなリュックが置かれていた。


(登山?)


どう見ても夫の服装は登山をする人の格好だった。

私は不思議に思いながら夫の前へ進み出る。

すると私に気づいた夫は本を置いて立ち上がるとこう挨拶をした。


「初めまして、坂口登(さかぐちのぼる)です」

「初めまして、小峰葉子(こみねようこ)です」


私達は互いにペコリとお辞儀をしてから向かい合って座った。


店員が注文を取りに来たので、私は夫と同じコーヒーを注文する。

そこで夫が更に追加注文をした。


「あと、シフォンケーキを2つお願いします」


私が驚いた顔をしていると夫は照れたように言った。


「ここはシフォンケーキが有名みたいですよ。折角だからいただきましょう」


もちろんシフォンケーキが有名な事は私も知っていた。

ただ今日はお見合いの席なのであえてコーヒーだけにした。シフォンケーキはまた後日1人で来た時に食べればいいと思っていた。

それなのに夫はそれを頼んでくれた。ただそれだけの事がとても嬉しかったのを今でも私は覚えている。


コーヒーとケーキが来るまでの間、私は夫に聞いた。


「あの…登山ですか?」


「ああ、すみません、こんな格好で。昨日から山に行っていて、今朝下山しました」

「ええと、どちらの山ですか?」

「雲取山」

「それって何県ですか?」

「埼玉県です。秩父の方ですよ」

「へぇ……え? 昨日からだと、もしかして山で一泊とか?」

「はい。天気が良かったので星が綺麗でしたよ」


夫が当たり前のように言ったので私は驚いていた。


お見合いの前日に山へ登り、山で一泊した後そのままお見合いに来る。なんとも不思議な男性だ。

私はその時かなり驚いた顔をしていたと思う。


「確かご職業は生物の先生でしたよね?」

「はい。職業病といいますか山へ植生を見に行くのが趣味でして…」

「高山植物とかですか? 私は山には登らないのでよく知らないのですが」

「そうです。標高が高い所の植物は紫外線の影響で花の色が濃くなるんです。そういうのを見るのが楽しくて…」

「紫外線で?」

「はい。標高が高いと紫外線が強いので植物はストレスを多く受けるんです。その影響で色の合成が活発になり鮮やかな色彩になるんです」

「へぇ……」


私は感心したように声を出す。紫外線の影響で花の色が変わる事なんて知らなかった。

目の前にいる男性は私の知らない知識をさらっと教えてくれた。

その時の私は夫に対し少し興味がわいてくる。


「そういえば坂口さんはお名前が『登』さんでしたよね? 山登りにふさわしいお名前…」


「ハハッ、偶然なんです。両親は山には登りませんから」


夫はそう言って笑った。

その控えめな笑顔は、あの時見た写真と同じ笑顔だった。


その時コーヒーとシフォンケーキが運ばれて来たので、二人はケーキを食べ始める。

ネットの口コミ通りしっとりふわふわのとても美味しいケーキだった。


いつもだったらケーキの美味しさに夢中になる。

しかしその日の私はケーキよりも目の前でフォークを握る逞しい手にすっかり心を奪われていた。

夫の日に焼けた少しゴツゴツとした手はとても野性的で男らしかった。

それはソフトな喋り方や雰囲気とは正反対だったので余計に気になるのかもしれない。


その日をきっかけに、私達は何度も会うようになった。

食事に行ったり映画を観たり、特に夫の何かに強く惹かれるという訳ではなかったが一緒にいて嫌じゃない。

むしろホッとするような心地良さを覚える。


そして何度目かのデートで食事をしている時、夫は少し緊張した様子で言った。


「えっと、僕はこれまであまり結婚というものを意識した事はなかったのですが、その…君と出逢って…そういうのもいいのかなって思えてきて……」

「えっ?」

「つまり…その…これからは結婚を前提に僕とお付き合いしていただけませんか?」

「…………」


突然の夫の言葉に私は驚いていた。


私はそれまでに2人の男性とお付き合いした事がある。どちらも1~2年という短い期間だったが、自分なりに真面目に付き合ってきたつもりだ。

しかし結婚したいと言ってくれる男性はいなかった。


付き合い始めた頃は皆優しい。マメに連絡をくれたり頻繁にデートに誘ってくれたり…

でもそういう時期を過ぎると徐々に熱は冷めていく。

冷めるなら冷めてもいい。それが安らぎと安定に変わるのならば。

しかしなかなかそこまで続く相手はいない。大抵、相手の心変わりで終わりを迎える。


だからもう結婚は諦めていた。

正直このお見合いも数回会えば終わるのだろうと思っていた。


しかしその予想に反し、夫は何度会ってもまたデートに誘ってくれる。

忙しくて会えない日が続いてもちゃんと連絡をくれた。

私を不安にさせないようにと夫なりにいつも気を配ってくれていた。


そんな彼の真剣な眼差しを見た時、何かが私の背中をグイッと押した。


「よろしくお願いします」


その日から結婚前提の交際が始まった。

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