その夜一樹は都心の高級マンションにいた。
このマンションには藤堂組が経営するクラブ『グリシーヌ』のホステス・篠崎美香(しのざきみか)が住んでいる。
26歳の美香は『グリシーヌ』のナンバーワンホステスだ。
美香は今日クラブの仕事が休みだったので、二人はレストランで食事をしてから美香のマンションに来た。
そして一樹は今美香を抱いている。
美香の寝室は白とピンクで統一された華やかなロココ調のインテリアだ。
カーテンやベッドカバー類は全て優雅なバラ模様のデザインで、光沢のあるシャンブレーオーガンジーの天蓋がついた大きなベッドは、一樹の腰の動きに合わせて激しくギシギシと音を立てていた。
「あぁんっ、一樹っ、そこっ、そこよっ、あぁっっ、凄いっ、もっと激しく突いて……ああっっ…凄くイイッ……」
美香のリクエストに応えて更に一樹が激しく腰を振ると、美香は悲鳴のような叫び声を上げる。
「アァ――――ッ……駄目っもうイッちゃうーっっ……」
美香は全身をビクビクッと痙攣させたかと思うと、恍惚とした表情を浮かべたまま一気に脱力する。そんな美香にもう一度深く腰を打ち付けてから一樹は身体を離した。
そして後処理をしてからドサッと美香の隣に仰向けに横たわる。
荒い息をしながら天蓋を見つめていた一樹の表情は、どことなく冷めていた。
一樹は今抱いたばかりの女の横に居ながら、昼間のAV女優・楓の事を考えていた。
楓に出逢ってからというもの、一樹の心にはなぜか楓が住み着いて離れない。
楓の華奢で美しい身体、透き通るような声、そしてセックスの最中に浮かべる苦悩の表情。
一瞬でも油断をするとすぐに楓の事が頭の中に思い浮かんでしまう。
楓に会って以降ずっと悶々としていた一樹は、なんとかそれを解消しようと美香を誘った。
しかし美香と身体を重ねてもそのモヤモヤが全く解消されない事に気付く。
高級クラブのナンバーワンホステスである美香は全てにおいて完璧だった。
美しい顔、モデルのようなスタイル、爪の先まで綺麗に手入れをされた肉体、そして男を悦ばせる術を全て知っている対応。もちろんベッドの上での反応も完璧だ。全てが完璧過ぎる。
しかしそんな完璧な美香を抱いても一樹は一向に満たされない。
それどころか逆に虚しさを覚えていた。
こんな感覚は今までに経験した事がなかったので、一樹は正直戸惑っていた。
その時美香が一樹に身体をぴったりとくっつけて一樹の肩に顎を乗せた。
そして一樹を見つめながら甘えるような声で言った。
「ねぇ一樹……そろそろ私を一番のオンナにしてよぉ」
「ん? あ、ああ……」
「いやだ何? その気の抜けた返事っ、もうっ! 私は真剣に言ってるのよ。そろそろ私を本気で愛しなさいよ。他の女の所にはもう行かないでっ」
「…………」
一樹は黙ったままだ。
「あら? まさか新人のレミを狙ってるなんて事ないでしょうねぇ?」
「___狙うかよ…」
「そう? でもこの前レミが言ってたわ。あなたがすごく優しいって。もしかしてもうちょっかい出してるんじゃないでしょうねぇ?」
「出すかよ……」
「だったら私を一番にしてっ! もう他の女の所には行かないで私に決めなさいよぉ~っ」
「ハハッ、急にそんな事を言うなんて今日はどうしたんだ?」
「もうっ、誤魔化してばっかり! ちゃんと考えてっ!」
「考えてるさ」
「嘘ばっかりっ! 一樹がいつまでもそんな態度を続けるなら私にも考えがあるわっ」
「考えって何だ?」
「今私、財界の大物から愛人にならないかってお誘いが来てるの。名前を聞いたらきっと驚くわよ。だからぁ、もし一樹が私に決めてくれないならその人の所へ行っちゃおうかなぁーって」
そこで一樹は急に真面目な顔をするとベッドを出た。
そして落ちていたYシャツを拾って袖を通す。その際、一樹の左肩に彫ってある藤の花と楓の刺青がチラリと見えた。
「えっ? ちょ、ちょっと……もう帰るの?」
「俺は束縛されるのが嫌いなんだ。だから悪いけどお前の期待には添えない」
「ちょ、ちょっと待ってよ……まだ話は終わってないわ」
「ちょうどいい潮時かもしれないな。愛人の件だが、いい話があるならそっちに行った方がいい。女の旬は短いからな」
そこで一樹は微笑む。
「なっ、何を言ってるの? 一樹は私と別れる気なの?」
「ハハッ、何言ってんだ美香? 俺はお前とは付き合っているつもりなんてねーぞ?」
「ひどいっ、そんなのずるいわっ……」
「元々はお前が言って来たんだよな? 抱いてくれって。それに俺はお前に付き合おうなんて言った覚えは一度もないけど?」
「そ、それは確かにそうだけど……でも一樹はあたしの所へ一番多く通ってるんじゃない? だったら一樹にとっては私が一番の女じゃないの?」
そこで着替えを終えた一樹はベッドに座った美香の傍まで来る。そして美香の頬に手を添えると優しくこう言った。
「美香、いい男を見つけて幸せになれよ」
一樹は美香に微笑むと部屋を出て行った。
ベッドに一人残された美香は、呆然としたまま一樹が出て行った出口をただじっと見つめていた。
コメント
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ありゃ💦ナンバーワンでも一樹の心までは手に入らない🥲 楓ちゃん以外は抱いても虚しくなるだけって自覚したかな✨
着々と身辺整理、かな?
兄さん楓ちゃんに心持って行かれちゃったのね💘💘💘