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夜、雨の音が窓を叩いていた。
蓮司は机に肘をついて、ぼんやりとその音を聞いていた。
ドアが開いて、少し濡れた髪のまま、同年代くらいの男が入ってくる。
「……誰にも、心を開けねぇんだよ」
それが、最初の一言だった。
「仲良くなっても、どっかで壁がある。
相手が優しくしてくれても、裏があるんじゃねぇかって疑って、素直になれねぇ。
だから結局、一人になる。……それが一番楽なんだ」
蓮司は軽く笑った。
「“楽”って言葉、便利だよな。
本当は、楽じゃねぇのにさ」
男は視線を逸らし、黙ったまま唇を噛む。
「なぁ、誰にも心を開けないってさ、
“開けない”んじゃなくて、“開けたくない”んだと思う」
蓮司の声は静かだった。
「傷ついた記憶って、一度しまい込むと厄介なんだよ。
もう二度とあんな思いしたくねぇ、って心が勝手に鍵かける。
で、そのうち自分でも開け方が分かんなくなる」
男は俯いたまま、小さく「……そうかもな」と呟いた。
「俺も似たような時期あった」
蓮司は天井を見上げたまま言う。
「誰の言葉も響かねぇし、信じられなかった。
“どうせ裏切る”って、勝手に決めつけてた。
でもな――心を閉じてたのは、守るためじゃなくて、
“もう誰にも壊されたくない”って怯えてただけだった」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
男の声が、少しだけ掠れていた。
蓮司は肩をすくめる。
「無理に開けなくていい。
鍵は持ったままでいい。
でもな、誰かがノックしたら、一瞬だけでも耳を澄ませろ。
“開けてみてもいいかもな”って思えたら、それで十分だ」
男は、少しの間黙っていたが、最後に小さく笑った。
「……お前、意外とまともなこと言うじゃん」
蓮司は口の端を上げ、煙草を指で回した。
「俺がまともだったら、こんな場所で人の話なんて聞いてねぇよ」
心を閉じるのは、生き残るための本能。
でも、いつか少しだけ開けられたなら――それも勇気のひとつだ。