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ふと気づけば娘は白狼とそれほど離れていない場所まで来ていたようで、白狼の横姿を見上げるようにして命の灯が消えていた。
おかしなものだ、と白狼は思う。あの死に損ないは「死んだ娘」と言っていた。だが娘は今死んだのだ。それはこの山に生贄として娘を捨てたからだ。だが、それで何故あの場に魂珠をもって現れたのか。
娘を拾うより先に山を下る。疑問と推察を確かめるためだ。麓にまできて、血の匂いに顔を顰めた。
山へ入る道より少し離れたところで王国の方を向いた馬車が止まっていた。馬は放されたようで箱馬車のみだ。
匂いは中からだ。野盗にでも襲われたか?いや、外は綺麗なものだ。
どうにか扉を開けて見たのは自ら首を掻っ切って死ぬ4人の男たち。いずれもあの死に損ないと同じような衣服。その中に既に死んだ元死に損ないの姿もあった。どの死体も数百年経ったようなミイラと化しており、その姿が魂珠を作成した代償なのだろう。
つまり、娘を生贄にして放り出したのち、この者たちはみな、ここまでを進んだ所で自殺したのだ。だからこそ娘が死ぬより早く店に訪れたのだ。願いを叶える、そのプロセスのひとつとして魂が送られてきたのだ。
白狼は娘を咥えてどうにか山の知り合いを訪ねた。この山に住み、この山で生きる山伏姿の知り合いだ。
鍛冶屋のカウンターで椅子に座り、ダリルは指に持った石を眺めている。
確かにこれほどのものは見たことがない。だがその製法が人の命であるなら、それに手をつけようなどとは思わない。これは本人の願いを叶えなければならないから、その通りにするしかないが。
「ダリル」
「白狼か、どうだった?」
白狼はダリルの元になら瞬時に移動が可能だ。先ほどまで雪に埋もれそうだった狼は今は春が近いこの街のこの店に戻ってきている。
「死んだ。残念ながら生きて救うことは出来なかった」
死ぬ前よりあちこちが壊死しており、あそこからの救命など意味はない。もとより狼の姿である白狼にそれが出来るかは不明である。
「ん? それだと生きていたということか?まあいい。願いは死んだ娘の幸福だ」
「ほう? 生き返らせるだけではいかんのか。」
「そうらしい。それも幸福ときたものだ。精霊界の女王が言うには生き返らせる前に魂を幸福にしてやる必要があるらしい。悲しい過去を魂に幸福を刻むことで覆い隠すのだとよ」
「それは難儀な話だな。して、その方法と言うのも聞いているのだろう?」
しばしの沈黙が流れる。やがて観念したようにダリルは口にする。
「女の幸福と言えば結婚だろうと、それも形だけでない恋と愛の醸成された結婚。それを俺にやれと」
少し投げやりなダリルはその目に、犬科ってこんな顔するんだというくらい悪い笑みを浮かべる狼の顔を見た。