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「……ん」
ドスの効いたあまり可愛らしくない鳥の鳴き声が遠くで聞こえ、私は朝がきた事を認識した。目を閉じたまま短い声をあげたが、驚く程寝心地のいい感触にこのまま起きてしまうのが勿体無く思う。瞼を開けるのはまだ億劫だったのも重なって、私はそのままこの寝床を堪能する事にした。
抱き枕がとても温かくてしかも適温で心地いい。硬くて大き過ぎるのが難点だけど、抱きつき、顔をむぎゅっと押し付けた。
(……あれ?でも、テントの中に、抱き枕?持って来たかしら、そんな物)
疑問に思い、本当にコレは抱き枕なのか確認せねばと目を開けた。すると視界を埋めたそれは一面鎖帷子に覆われていて、見た感じにもかなり硬そうなモノだった。
まともな思考など出来ぬまま、なんとか頭を動かしてちらりと上を見る。すると、『抱き枕だ』と思っていた物体の先にシドの後頭部が見え、私はやっと、自分が抱き締めていたモノが彼の背中だと理解した。
「ひゃっ」
驚き、小さな声が出てしまったがシドが起きた気配は無く、少しだけ安堵する。『今のうちに離れなけらば……』と、彼にしがみついていた手をそっと引いたが、今度はシドにギュッと手を握られ動けなくなった。
「——っ⁉︎」
予想外の事で更に驚いたが、様子を伺ってみても、シドはやっぱり寝ているっぽい。とっても温かいのでくっついていられるのは嬉しいのだが、密着度の高さを意識してしまい、心臓がすごい勢いで跳ね始めた。
昨夜は必死に『異性との同衾』という婚前の身には有り得ない状況を、気疲れによる睡魔のお陰で何とか乗り切ったというのに……まさか朝にこんな罠が待っているとは。
(側に居たい、離れたく無いと思ってはいるけど、流石にコレは近過ぎるっ)
筋肉質の体はとても男らしく体温が高い。匂いも何だか野性味があって、シドは『使い魔』などでは無く、『人間の男性』なのだなと改めて感じさせた。
ギュッと後ろから抱き締めるのは初めての事では無いが、前はまだシドを本気で『使い魔だ』と思っていたので、大きなクマに抱きつくくらいの気持ちだった。
でも、今は違う。
巻き込まれて来ただけの人だとちゃんとわかっているから、この体温や質感は私の心と体を無遠慮に高鳴らせるものとなった。
優しくて、頼り甲斐があって、カッコイイとか……容易く惚れてしまいそうだ。
こうも無意識に手を離さないでいてくれたりされると、『もしかして、シドも少なからず何か思ってくれているのでは?』と期待したくもなる。だが、此処に自分達が居る目的が『シドの帰還』の為である事を思い出し、私は胸が苦しくなった。
『間違いだったんだ、早く帰してあげねば』と思う気持ちと、『離れたく無い』と思ってしまう気持ちとがぶつかり合い大喧嘩をしている。
(ここは『仮』ではあっても“主人”として、『帰る』という目的を果たしてあげねば……)
そう思うと余計に苦しさが増し、理由のわからぬ感情に支配された。手を離せないままグダグダ考え事をしていると、シドの体がビクッと震え、そっと手を離してくれた。もしかすると彼が起きたのかもしれない。
「……おはよう、ございます?」
確信がなかったので小声で声をかけた。
「な、な……何故こんな事に?」
挨拶の返事よりも先に状況を問われた。まぁ当然だろう。私が背後からしがみつき、これでもかというくらいの密着度なのだから。
「ごめんなさい。どうも、抱き枕と勘違いしてしまったみたいなの……」
素直に謝り、そっと彼の背中から離れる。ずっと感じていたシドの温かさが消え、心まで寒くなった気がした。
「か、勘違いなら仕方がないな」
返ってきた声は裏返っていたうえに震えていて、シドが何を考えているのかは読めなかった。
一度自分から離れたくせに名残惜しくなり、そっと背中に手を当てて頰をくっつける。「——んな⁈」と変な声をあげられてはしまったが、シドは逃げなかった。その事に安堵し、背中越しに感じる彼の激しい鼓動の音を聞くと、冷えた心が再び熱を持った気がした。
「よく眠れましたか?シド」
「ま、まぁ何とか」
先程のように裏返った声で答え、シドが髪を掻きむしった。何だか落ち着かないといった感じだ。
「ロシェルは眠れたのか?狭かったんじゃないか?あー……無駄に大きくて、すまない……」
項垂れるような雰囲気で問い掛け、その姿が背後から見ても愛らしくって胸の奥を鷲掴みされた気がした。何故この人はこんなにも私の胸を高鳴らせるのかと不思議に思う。
「疲れもあってか、朝までぐっすりだったわ。狭くなどなかったし、大丈夫よ」
自然と笑みがこぼれる。シドの気遣いがとても嬉しい。
「それならば良かった。これからが本番だろうから、体力はしっかり回復させておかないといけないからな」
「そうですね。頑張らないと」
シドのお陰で、心も、沈んだ気持ちも回復出来た気がする。落ち込んだ理由は相変わらずわからなかったが、今日も一日頑張れそうだ。