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尋問室を後にした俺の足取りは重かった。
(100人、だと……?)
背後で笑うシオリの声を振り払うように、冷たい廊下を歩く。胸の奥を焼くのは、恐怖ではなく「剥き出しの劣等感」だ。
「俺は……その100人にも選ばれなかったのか。……それにレイを倒し、俺が唯一無二のスターであることを証明するために、この身を改造してまで戦い抜いてきたというのに。……俺は、自分が属していた『ナンバーズ』の実態すら、何一つ知らなかったというのか」
自分が信じていた「頂点」という椅子が、実は巨大な工場のラインの一つに過ぎなかったという事実。自嘲気味に吐き出した息が、冷たい廊下に消えていく。
その時、廊下の向こうから奇妙な男が歩いてきた。
白衣を纏い、顔を完全に覆うマスクをつけた男。その足音は不気味なほどに静かだ。
俺は足を止め、鋭い視線を向けた。すれ違いざま、肌を撫でるような殺気に反射的に振り返る。
「……誰だ?」
「アレンさん。どうも。ワタシはトオルといいます」
マスク越しに響く声は平坦で、まるで機械が喋っているかのようだ。
「ナンバーズ関係者か? 貴様、ここで何をしている」
「いえ。ワタシはただ、シオリさんを救いにきただけですよ」
「何……!?」
シオリの拘束は最重要機密。それを部外者が知っているはずがない。
「なぜシオリを知っている。ナンバーズでないなら、貴様、何者だ」
「シオリさんに聞いてませんか? ワタシは予知の覚醒者、トオルです。」
「また覚醒者か……。自分より上がこんなにいるなんて、ほんと情けないぜ」
思わず本音が漏れた。
世界で一番だと自惚れていた自分が恥ずかしい。次から次へと現れる『覚醒者』という名のイレギュラー。その存在を知るたびに、俺が心血を注いできた改造手術も、積み上げた自負も、安っぽい偽物のように思えてくる。
「落ち込むことはありません。あなた、すごい方ですよ?」
トオルが、マスクの奥で笑いながら言った。
純粋な賞賛か、あるいは『覚醒者』という本物に手が届かなかった者への憐みか。どちらにせよ、反吐が出るほど不快な言葉だ。
「……ふん。なら、その『すごい方』の力、拝ませてやるよ。俺はお前を敵と見なし、排除する。シオリよりも、予知ができるお前から情報を聞き出した方がより確実だろうからな」
「どうぞ? ワタシの予知通りですけど」
トオルは身構えることすらしない。
正直、今の俺の体は限界を超えていた。シオリ戦で負ったダメージが、鉛のように四肢にのしかかっている。
「ワタシ、別にあなたと戦うつもりはないのに……。これからのために、できれば穏便に済ませたいのですが」
マスクの奥で、トオルが困ったように首を傾げた。その余裕が、また俺の神経を逆撫でする。
「……これからのため、だと? 予知で、何か余計なものが見えているみたいだな」
「ええ。とっても大事な、そして逃れられない未来です」
「悪いがな。俺は先の見えない未来のことよりも、今、この瞬間の方が大事なんだよ。……何より、今の俺は最高にムシャクシャしてるんでな!」
俺は痛む体に鞭を打ち、地面を蹴った。
俺の拳がトオルの顔面にめり込み、続く蹴りがその脇腹を捉えた。だが、手応えはあるのにトオルは微動だにしない。避けるどころか、防御の姿勢すらとっていないのだ。
「……なぜ、何もしない!」
俺は叫びながら、さらに追撃を叩き込む。殴っている俺の方が、得体の知れない恐怖で吐き気がしてきた。
「ここで、あなたに死なれると困るんです」
トオルは口から血を流しながら、事も無げに言った。
「あなたの肉体は、もう限界だ。ワタシが防げば、その衝撃であなたの血管は焼き切れる。……だから、ワタシが全て受け止めることにしたんですよ」
「ふざけやがって……!」
憐れみか。それとも、単なる計算か。どちらにせよ、俺という存在が「守るべき駒」として扱われていることに、猛烈な屈辱が走る。
「しかし、困りましたね。このままではワタシ、本当にやられてしまいます。……うーん。よし。使いたくはなかったですが、最終手段といきましょう。ワタシにとって、あなたとカケル君、そしてもう一人……彼ら以外、今のナンバーズは必要ありませんから。」
トオルは弾かれたように跳躍し、俺の手が届かない距離まで一気に下がった。 そして、白衣のポケットから端末を取り出し、どこかへ発信する。
「……皆さん。お好きに、暴れてください」
トオルがそう呟いた直後だった。
空を切り裂くようなサイレンが鳴り響き、研究所の外壁が爆音と共に崩落した。
砂埃の向こうから現れたのは、異形の集団。 一人、二人……いや、優に五十は超えている。 そいつらから「能力」の気配は感じない。だが、一歩踏み出すごとに床が砕けるその脚力、空気を震わせる筋力の圧。純粋な「身体能力」のみを極限まで引き上げられた、暴力の塊たちだ。
「な、何だあいつらは! 研究所が……おい! No.1、2、3、4! 何をしている、ここを守れ!」
スピーカーから研究者たちの悲鳴が漏れる。だが、乱入者たちの目的は破壊ではない。最短距離で、一直線に「ある場所」を目指して突き進んでいる。
俺の心臓が激しく鐘を打つ。 目の前のトオルを捕らえ、情報を引き出すのは最優先事項だ。だが、あいつらの狙いは明らかにシオリの独房。せっかく命懸けで捕らえたシオリを、このままみすみす奪還させるわけにはいかない。
「くそっ……!」
トオルを見る。ヤツはマスクの奥で、全てが予定通りだと言わんばかりに静かに佇んでいる。
シオリを守るか、目の前のトオルを追うか。
ボロボロの体に、究極の二択が突きつけられた。