テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第16話:恋レア廃人
放課後の屋上。
フェンスの向こうに広がる夕焼けが、くすんだ橙色で空を染めている。
その柵のそばでひとり座っている男子生徒がいた。
制服のシャツはしわくちゃで、ネクタイは首にかけたまま垂れ下がっている。髪は伸び放題で、目の下には深いクマ。
スマホを握りしめたその手は細く、指先はわずかに震えていた。
彼の名前は志村ツカサ。2年生。
かつては“告白成功率100%”と呼ばれ、恋レアユーザーの中でも有名な存在だった。
だが今の彼は、誰とも話さない。
ただ、画面の中のログを何度もスクロールし、過去に発動させたカードの演出を見返している。
《強制告白》《再会の奇跡》《涙の演出》──
どれも、感情の“ピーク”を演出するカード。
ツカサはそれを使い、相手の心を何度も動かしてきた。
しかし、気づけば周囲の誰も彼を信用しなくなっていた。
彼の“感情”は、すべて演出だと見なされるようになったからだ。
数日前、彼の恋人とされていた女子が、恋レア使用記録を拒否し、「彼の気持ちが怖い」と話している動画がSNSで拡散された。
それを境に、ツカサは全カードの使用制限対象に指定され、アプリの更新権限を停止された。
天野ミオは、そんなツカサの姿を遠くから見ていた。
今日の彼女は白いカーディガンを羽織り、髪を耳にかけて顔をはっきり見せていた。
その目には、強い光が宿っていた。
屋上の扉を開けたのは、大山トキヤだった。
制服の上に灰色のパーカーを羽織り、風に髪をなびかせながら近づいていく。
トキヤはツカサの隣に立ち、しばらく無言で空を見ていた。
やがて、ツカサが呟く。
“俺の気持ちって、ちゃんとあったのに。なんで全部“カードのせい”にされるんだよ。”
トキヤは静かに、ポケットから自分のスマホを取り出した。
それにはアプリが入っていない。
代わりにホーム画面には、ただの空白が広がっていた。
ツカサは目を伏せた。
“もう、何を信じていいかわかんない。”
それを聞いたミオは、少しずつ屋上に近づいていく。
“もし、カードがなかったら……その気持ちは、ちゃんと届いてたのかな。”
その言葉が、風の中に溶けていった。