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第17話:企業主導の恋愛戦略
東京・渋谷。
全面ガラス張りのオフィスビル、その最上階にレンアイCARD株式会社の本社はある。
室内は白とシルバーを基調としたデザイン。壁には恋レアシリーズの歴代カードが額装されて並び、巨大モニターには最新の使用統計が映し出されていた。
会議室には5人の社員が揃っていた。
その中でもひときわ目を引くのが、木元楓(きもと・かえで)。
26歳、広報宣伝部の主任。
肩までのストレートボブ、バーガンディ色のセットアップスーツに淡い口紅。身なりは整っていて、表情は常に自信に満ちている。
彼女はスクリーンに向き直り、指先でスライドを切り替えた。
そこには、ユーザーの恋レア使用履歴と拡散数をもとに作られた“感情拡張指数”のグラフが表示されていた。
今月、もっとも社会的拡散力が高かったのは、天野ミオの《一目惚れの再定義》ログだった。
そしてそのデータが示すのは、視聴者の共感が“成功よりも、失敗と揺れ”に強く反応しているという事実だった。
楓はゆっくりと語る。
恋はもはや“個人の感情”ではなく、“社会的資源”であると。
誰かがカードを使い、恋を演出するたびに、それが共感・拡散・消費され、企業の価値になる。
会議室内の社員たちは頷いていた。
ある者は、スコア制の強化案を提案し、
ある者は、新しい“恋人契約特典”として校内優待制度を設ける話を進めていた。
その中で楓は、一枚の資料を取り出した。
天野ミオの“感情曲線”だ。カード使用時の心拍・言語・視線変化を解析したグラフが、滑らかなカーブを描いていた。
楓の表情が、わずかに柔らかくなる。
彼女自身、かつては恋レアを使った。
社会人1年目、まだカードが社内試験段階だった頃。
ある人に想いを伝えたが、演出に頼りすぎて、肝心の言葉が届かなかった。
以来、彼女は演出を「補助」ではなく、「戦略」にする道を選んだ。
会議が終わると、楓は窓際に立ち、渋谷の街を見下ろした。
大画面のビジョンには、レンアイトーナメントの広告が映っている。
「演出は、感情の形。」
そのキャッチコピーの横には、自身の笑顔が映っていた。
だが彼女は、その画面に映る自分の笑顔をじっと見つめながら、胸の奥にある“伝わらなかった言葉”を思い返していた。