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|智《とも》の叫び声が聞こえる。
陽の光も届かない鬱蒼とした杉林には朝靄が立ち込め、今は誰も居ないキャンプ場の片隅にそのロッジは息を潜めていた。
息も絶え絶えに背の高い雑草の海を掻き分けると、その指先は紙で切った如くの切り傷となりうっすらと血が滲んだ。泥だらけになった右足の革靴を置き去りにして掴まり処の無い土手を駆け上がろうとするが、脚が|縺《もつ》れて何度も転げ落ちた。その左足を掴む、色白の細い指先。桜貝の爪を振り払うと身体がバネのように|撓《しな》り河川敷へと転げ落ち、それはまるで糸の切れた操り人形の様だ。
「悪かった!・・・助けて、許してくれ、許してくれ!」
グレーの背広は泥に塗れ、折目正しかったスラックスはボロ雑巾、白かったワイシャツは見る影もない。首に|纏《まと》わり付く|臙脂色《えんじいろ》のネクタイを剥ぎ取り、目を見開き半狂乱になりながら川の浅瀬を逃げ惑う男の背中。
「やめてくれ!助け・・・|朱音《あかね》!」
次の瞬間、天と地が逆転したかの様な衝撃が後頭部を貫いた。手を伸ばしてもそれは空を切り、全て絶望に変わる。耳が鼻が口が、毛穴の一つ一つが《《もう許してくれ》》と悲鳴をあげるが声にならず泡となり、安易に|境界線《ボーダーライン》を超えてしまった自分を呪った。
ボゴガボボゴボゴガボ
女は男の胸に馬乗りになり、その華奢な腕からは想像も付かない力でその首を締め上げた。そして激しく揺れる水面の向こうを覗き込んだ真っ赤なノースリーブのワンピースを着た金魚がため息を吐く。
「西村さん、あなたがいたから人間になれたのに」
ボゴガボボゴボゴガボ