マイは普通の女の子である。ただ少しだけ、運が悪かっただけの女の子である。
マイの住む街は国もそうだが自然の中に神がいると信じて各地それぞれに信仰の対象をもつ。それがマイの住む街の場合は山神であり、そして有事の際に対処しきれないような時は山神に祈ったのだ。
マイはその街で6歳になるまで普通の女の子として暮らしていた。だがあるとき街で出会った1人の男に呼び止められる。その男は、国から派遣されてきた使者であるその男はマイを一目見てこの少女には類い稀なるチカラがあると、同行していた従者に説明していた。
日を改めて、その男は別の男を連れてマイの家を訪れる。大人たちの難しい会話はマイには分からなかったが、しかしひとつだけ分かることがあった。マイは親元を離れて街の中央、つまりは街長の元で暮らすことになるということ。
両親はマイを説得した。これは名誉な事だと、同じ街だからいつでも会えると。マイは両親を信じている。大人を信じている。それが正しい事なのだと信じて離れていった。
しかしマイと引き換えに大金を手にした両親がマイに会いにくる事はついになかった。
それからのマイの生活は特に何もなかった。高い塀に囲われた建物の扉にはいつでも外から鍵が掛かっていた。
日に一度は先生が来る。作法のお勉強だ。偉い人に会ったり発表会をしたりするわけでもない、その作法は山神様に供えられる時のものだ。
供えられるということが何なのかマイは分からなかった。笑顔、懇願、畏れ、尊敬、こうべを垂れて差し出す。
繰り返すそれは別にその先があるとか難しい問題があるとか、別の科目があるとかはなく、それだけでそれだけがマイの人間関係となった。
都合が合わずなかなか会えない両親からは手紙が届く。それだけがマイの楽しみで、締めくくりにはいつも「いい子で居なさい、山神様を敬いなさい」と書かれていた。
マイは両親を信じている。大人を信じている。でも会いたい。それを口にして、疑問を投げかけて、先生を困らせた。散々泣き喚き困らせて先生は退散してしまった。
そのあとマイは先生に会う事はなかった。住むところは窓一つだけの小さな部屋になった。外に出してくれる事はなくなった。
食事の提供はある。必要ならば風呂も使えるが、誰にも会えない小さな部屋で綺麗にしておく理由もなく、見かねた配膳役がたまにマイを洗っていくだけだった。
両親からの手紙は届く。いつもいつも似たような文面。それでもマイを心配する内容に心が安らぐのを感じる。
13歳のある日、その日も両親から手紙が届いたが、内容はいつもとは違った。
街では病が蔓延していて、両親もそれに倒れたというものだった。
マイは取り乱して大声で叫んだ。人を呼んだ。
そして現れたのはいつかの男たち。何事かと聞いてくる男たちにマイは手紙の内容を読み上げて、両親に会わせて欲しいと頼み込んだが、それは却下される。
その代わり……としてマイはここに囲われている理由を知らされる。山神様への供物としての役割を。
山神様は大きなオオカミで普段は人の姿をしている。とてつもない神聖なチカラで街を救ってくれる、そのためには生贄が必要、特別に魔力の強い、無垢の少女。
そして、マイがその役目を果たせば、街は救われて両親も助かるのだ、と。
手紙にもマイが頼りだと書いてある。両親はわかっていたのだと、その上でマイはここに連れてこられたのだ、と。このときマイはそう知る事になった。
それでもマイは両親を信じている。大人を信じている。
身体を清められ、一枚だけの白装束を着せられて、マイは箱馬車で山へと連れて行かれた。両親を助けるためにマイは食べられてしまう。けれどそれで助かるのなら。
マイの育った環境が、自身の死についてその認識を曖昧なものにさせていた。だが、馬車を降りる頃にはマイの想いは少し変わっていた。
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