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73 - 第30.8話:まひろのおばちゃんが消えた日

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2025年12月08日

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第30.8話:まひろのおばちゃんが消えた日


朝のアパートの廊下は、まだ眠っているように静かだった。

まひろは水色のパーカーに灰色のズボン。肩までの髪は寝癖が残り、指先で何度もはねを押さえている。

玄関の外には、淡緑の制服を着た街守隊の隊員が二人立っていた。胸元には街守局生活監査課の表示。腰の端末が低く光っている。


一人は短く整えた髪に灰のインナー、もう一人は肩までの髪をまとめ、黄緑のラインが入った腕章をしている。

端末を操作しながら、落ち着いた声で状況確認が進められていた。


市民登録番号の照合。

体温反応なし。

心拍停止確認。


淡々とした言葉が、部屋の空気だけを切り取っていく。


奥の部屋の扉は半分開いたまま。

おばちゃんは、いつもの茶色の部屋着のまま横になっていた。

髪はきちんと整えられ、顔色も変わらない。ただ、動かない。


まひろは足元の冷たさに気づき、無意識にパーカーの裾を握った。


小さな声がこぼれる。

おばちゃん、もう起きないの。


隊員の一人がしゃがみ込み、目線を合わせる。

淡緑の制服越しに、やさしい表情が見えた。


心配しなくていい。痛みはもうない。

これから安心センターで、きちんと還安処理をする。


安心センター、という言葉だけが部屋に残る。


ほどなくして、搬送用の簡易カプセルが運び込まれた。

灰色の外装に、黄緑のライン。透明部分は曇りなく、中は空だ。

おばちゃんの身体が静かに収められる。布も飾りもない。


玄関を出ると、目立たない車両が停まっていた。

街守隊のマークと安心センター直結ラインの表示。

近所の人の姿はない。カメラだけが、廊下の天井で静かに回っている。


搬送が終わると、隊員は端末に最終確認を入力した。

自宅で行われるのはここまで。

これ以上の工程は、安心センターの内部で完結する。


昼過ぎ。

まひろは母と一緒に安心センターの外を通り過ぎた。

建物は元寺院だった場所を再整備したもので、灰と緑を基調にした直線的な外観。

中が見えない構造になっている。


地下にはセイレン処理ラインがあり、遺体は到着後すぐに移送される。

立ち会いはない。

説明は端末に届く。


夕方、母のヤマトフォーンが静かに震えた。

還安処理完了。

循環工程正常終了。

安心ポイント付与。


それだけだった。


夜。

部屋に戻ると、おばちゃんのマグカップがテーブルに残っていた。

まだ少しだけ温度があるような気がして、まひろは両手で包む。


おばちゃんはどこに行ったの。

その問いは、声になる前に消えた。


学校では、死は再循環だと習っている。

影は信じなければ現れない。

安心センターが全部やってくれる。


わかっているはずなのに、胸の奥が少しだけざわつく。


その夜、ニュースでは安心センターの運用安定が報じられていた。

市民の不安は最小限に抑えられ、処理は滞りなく進んでいる。

それが良い社会の証明だと、繰り返される。


布団の中で、まひろは天井を見つめた。

おばちゃんの声を思い出そうとしたが、うまくいかない。


代わりに浮かんだのは、

静かなカプセルと、緑のラインの車両と、

安心センターという名前だけだった。


大和国では、人は消える。

きれいに、静かに、安心の名の下で。


その日、まひろのおばちゃんは、

誰にも見送られず、安心センターの地下で水へ還った。

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