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1,983
#宵待ち亭
#夢
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男達のみならず、女達も、荷物がはこびだされ、空《から》になった珠子の部屋で、のびきっていた。
「八代の兄貴、確かに、お浜に任せときゃ、事は、進みますけどね……」
こりゃないわと、龍は、寝転がる畳の上で、弱音を吐いた。
あれから圭助が、柳原商店と昵懇の荷運び屋から、大八車を伴って戻って来た。
一方、衣裳箪笥から、珠子の着物を取り出し、風呂敷に包んでいた、ヤスヨとキクは、あまりの量の多さに音をあげていた。
「ええい!面倒だっ!ちょいと、皆、来ておくれ!」
お浜のこの一言で、珠子の荷物は、仕舞われている家具ごと、大八車に乗せる事になる。
箪笥を含め、文机など引き出しのあるものは、縄掛けして、中身が飛び出さないようにした。
そして、荷運び屋の若い衆、龍と八代が、家具を部屋から運びだす。
ぎっしりと、中身が詰め込まれているだけに、男達は、ふうふう言いつつ、なんとか大八車に乗せ、お浜含め女達は、季節外れの衣裳が入った葛籠を運びだしてと、皆、長い廊下を何度も行き来したのだった。
「しっかし、柳原の旦那が動くとはねぇ。一緒に横浜まで行くと言い出すとは思ってもみなかったですよ」
龍が柱に寄りかかって座り込んでいる八代へ言った。
「そりゃ、龍よ、荷主は、何をしてんだい!って、誰かさんに怒鳴られるからだろう?しかし、今からだと、戻りは夜中、へたすりゃ、明け方になるだろうなぁ」
「そうですよねぇ、横浜まで七里とちょいでしょ?それだけの距離を、荷物ぎっしりの大八車押してだ。普通に歩いても行き着くのは、へたすりゃ、半日仕事。こりゃ、どんだけ、時間がかかることやら」
「うるさいねぇ、龍。自分の家の、後始末だろ?家長としての、けじめってもの見せてもらわなきゃあ、あたしらの働きは、どうなるのさ!!」
拍子抜けしたかのように、座り込んでいたお浜が、龍へ噛みついた。
そら、始まったと、八代が、うすら笑みを浮かべている。
そんな、脱力感溢れる空の部屋へ、櫻子がやって来た。
「皆さん、すみません。ご苦労様でした。私も手伝うのに……」
申し訳無さそうに言うその後ろには、茶器を乗せた盆を持つ金原が、佇んでいる。
「何、言ってんだい!櫻子ちゃん!珠子の荷物なんぞに触れたら、穢れが移るよっ!!面倒事は、あたしらに、任せときゃいいんだよ!」
「確かに、お浜の言う通りだな。櫻子ちゃんは、櫻子ちゃんであって欲しい。珠子の穢れが移ったら、大事だ!」
櫻子は、お浜と龍の、あまりの言いように、返す言葉がない。
部屋のすみで座り込んでいた、ヤスヨとキクは、吹き出している。
「お浜、それぐらいにしとけ。取りあえず、ご苦労だったな。櫻子と紅茶を淹れたから、皆で飲むといい」
金原が、そろそろと前へ歩みでて、盆を皆の前に置いた。
「あれ!キヨシ!あんたが、茶を!それも、紅茶だって!」
お浜が驚き、龍も、飛び起き、ヤスヨとキクは、戸惑っている。八代は、まあ、お熱いことでと笑った。
お浜に、柳原の仕事へ鬼キヨが出てきたら面倒なことになると、どうゆう理屈か分からないことを言われて、金原も櫻子同様作業から外されていた。
やることがない金原は、櫻子と荷運びの若い衆達へ茶を淹れたり、こうして、紅茶の用意をしたりと、奥で過ごしていたのだ。
「ああ、夕飯の支度も心配するな。虎に言いつけて、蕎麦屋へ出前を頼みに行かせた。何せ、引越だからな、蕎麦が妥当だろう」
一瞬の間のうち、どっと、笑い声があがる。
「いや、社長、まあ、確かにそうですけどね!」
「いやいや、龍!キヨシにしては、上出来じゃないかい?!」
お浜は、一人笑い転げていた。
ヤスヨとキクは、顔を見合せ、こっそり、引越蕎麦ってことかい?と、首をひねっている。
「……何がおかしいのか、分からんが、お浜、後で櫻子へ例の反物見せてやってくれ。八代、龍、蕎麦が来るまで、ちょっといいか?」
八代も、龍も、金原の屋敷の件だと見当がついたのか、さっと腰を上げた。
「うん、男達は、出ていったから、さあさあ、櫻子ちゃんも、ヤスさんもキクさんも、紅茶を頂こうよ!」
そうだね、そうだね、と、空っぽの部屋は一気にかしましくなり、櫻子も、はいと、返事をしていた。