この馬は街を知っている。そして迷う事なく街にたどり着くだろう。旅人は脚の疲れから解放されたのにホッとし、先ほどのおじさんの事を思い出し、凄いなと改めて思った。
(あのおじさんからは匂いがしなかった。生き物の匂い、草の匂い、土の匂い、排泄物や口にしたはずの食べ物の匂い──)
鼻をひくつかせ、風の香りを確かめつつ旅人は振り返る。
(そのいずれの匂いもなかった。種族柄嗅覚には自信があるのに。それどころか対面して会話しているにも関わらず、見失いそうな存在の希薄さ──)
そう、旅人はまっすぐ前を見て視界を遮るもののない、広い耕作地の間の街道を歩いていたのにも関わらず、突然声を掛けられたのだ。
そこで声を掛けられるまで、遠くからずっと視界におじさんなど居なかったのに。
あれはそういうものなのだ。生き物でないなにか。超常の何か。
その答えを旅人は知っている。おそらくといったところではあるが、大きくは間違ってはないだろう。
この先に、自分の目的地であるスウォードという街がある。
走る馬は確かに地を蹴り前へ進みその振動が伝わり、毛並みはさらさらで、汗一つかいてなくて、鼻息は聞こえない、匂いもない、動いているのに筋肉の動きを感じない、心臓の鼓動もこの耳に聞こえて来ない。
馬は生きてはいない。
どうかするとこれはただのホラーでしかないのだが、旅人は魔術士志望なのだ。この先にあるものに期待が高まるばかりで見上げた空は旅人の心のように晴れ渡っており、眩しい太陽の日差しが気持ちいい。
「私は魔術士になるっすから」
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