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当然の様に、私はカイルに横抱きにされて庭園内を移動して行った。
神殿内から最も見易いメインとなる場所からは移動し、普段は目立たぬ裏手の方へ向かって行く。花は少なくなり、代わりに背の低い植木が多く植えられていた。それらは綺麗に刈り込まれていて、丸い形をしたものやハートの形まであって、これでその木に薔薇があれば、絵本で見た不思議の国のアリスの庭の様だなと少し思った。
「何か興味深いものでもあった?」
「あ、はい。随分、見知った植物が多いな、と」
「あぁそれはね、多分イレイラが知ってる植物で間違い無いよ」
「そう、なんですか?」
何故だろう?不思議に思い、私はカイルに答えを求めて視線をやった。
「神々はこの世界を創る前、色々な異世界を旅して回っていたそうなんだ。そしてそれらで見付けた『好きなもの』を詰め込んで作ったのが『この世界』らしい。だからね、イレイラが好きだったものや懐かしいものも…… きっと沢山此処にもあるよ」
そう教えてくれたカイルの顔に陰りが見えて、まるで『——だから、何処へも行かないで』と言われた様な気がした。
周囲の木々も少なくなり、芝生ばかりの空間が見えてくる。数本の大きな木が芝生の所々に植えてあり、直射日光を避けながらゆっくり昼寝が出来そうなスペースを作っていた。
「此処だよ」
カイルが足を止め、私をその場に降ろす。そしてすぐに、陽当たり的に一番昼寝に適しているであろう場所に私の目が釘付けになった。
「——此処は…… お墓、ですか?」
木洩れ陽を受けて、白い小さなお墓がそこにはあった。周囲には赤い花が咲き誇り、周辺の緑の中で一際存在感を放っている。そして此処に咲いて花は、全て——彼岸花だった。
「もしかして私の、お墓ですか?」
言っていて不思議な気分になる。でも、不快感や違和感は無かった。
「うん、一ヶ月くらい前かな…… 此処を作ったのは」
(い、一ヶ月?)
この世界と私の世界では、随分時間に誤差があるのか…… 。今もし戻ったら、いったい何年経過してしまっているんだろう?今更戻る気など無いが、少し…… 心配にはなってしまった。
「神殿内で、高齢の為療養していた“黒猫のイレイラ”が居なくなったと大騒ぎになったんだ。もうすっかり衰弱していたから、話を聞いた時はホント驚いたよ。こんな時に、仕事なんか行かなければ良かったと心底後悔もした」
カイルが言葉を止めてゆっくりと息を吐き出した。語るのも、思い出すのすらも辛そうだ。
「神殿内を探してもいない。じゃあ、何処だろうと思った時に、ふとよく一緒に昼寝をしていた此処の事を思い出してね。来てみたら、“イレイラ”が此処で…… 息を引き取っていた」
彼の苦しそうな瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。不謹慎だが…… その涙の理由が『私の死』である事が、素直に嬉しかった。
「君の亡骸の周囲に、今まではなかったこの花が咲き乱れていて…… 黒と赤のコントラストがとても綺麗だった。本当に…… 綺麗だったんだんだ」
お花に近づき、その場にしゃがむ。赤く儚い、でも少しの悲壮感を漂わせる雰囲気が美しくて、二人で魅入ってしまう。
「この世界には無い花だ。あの日から、枯れる事なく此処でだけ咲き続けている」
彼岸花の開花期間は一週間程度のはずだ。なので、枯れないのはきっと魔法の力なのだろう。咲く様に、枯れぬ様に。猫だった私が、最初で最期に使った魔法だったのかもしれない。
「『彼岸花』…… です。この花の名前」
「ひがんばな…… 」
「花言葉は、“情熱”、“あきらめ”…… “転生”。…… 他にも“また会う日を楽しみに”とか。どれも、しっくりくる言葉ばかりですよね」
「…… そう、だね…… 」
言葉を詰まらせ、カイルは俯いた。
“悲しい思い出”という花言葉も、この花にはある。でもきっと、それはもう解消出来たと思う。だって、私の胸の棘はもうすっかり消えているから。
私はそっとお墓の側の芝に触れたみた。最後の想いを知っておきたいと思ったから。
真っ白な視界の奥、私は自分の残留思念と対面した。
——最期の瞬間を、カイルには見せたくない。
きっと彼は泣いてしまうわ。
そんな姿は見たくない。
何か綺麗な贈り物をしたら…… 最後でも笑ってくれるかな……
彼は、私をまた求めてくれるだろうか?
私がもし、此処じゃない何処かへ去っても、追い求めてくれるだろうか?
全てを忘れたとしても、また愛してくれる?
もし、私が全く違う姿に生まれ変わっても…… カイルは——
いらない子だって、気持ちを砕いたりはしないでくれるだろうか?
「 …… 」
視界に再び、彼岸花の美しい姿が映る。『大丈夫だったよ、安心してね』と、過去世の自分に心の中で告げた。
カイルが私の傍にしゃがみ、頰に手を添える。そっと撫でてくれ、彼が瞼を閉じた。
「僕は…… 君を愛してる」
その言葉に、私は首肯して答えた。ゆっくり開かれた彼の瞳に、ハッキリと私の姿が写る。過去世の姿では無く、今の私が。
「記憶の無いイレイラに、『今すぐ僕を愛して欲しい』とは…… 言わない。でもね、いつか応えてくれると、とても嬉しい」
嘘は無いのだろうが、とても苦しそうな瞳だ。『今すぐにでも応えて欲しい』という感情が隠しきれていない。
「あのね…… 彼岸花には、他にも花言葉があるんですよ」
「…… それは?」
「『思うのはあなた一人』…… です。私も、カイルを…… 愛していますよ」
言うと同時に、彼は私を力強く抱き締め、口付けをしてきた。重なる唇はとても熱く、甘い。少し開く隙間から舌が滑り込み激しく絡まる。
感情の全てをぶつける様な激しい行為に体から力が抜けた。ずりさがりそうになる体を必死に支えようと、私は彼の服にしがみ付いた。 カイルの長い舌に歯茎や上顎まで撫でられると、攻防戦を繰り広げたあの晩の事が脳裏によぎり、背筋に快楽が走る。甘い声が溢れそうになるのを、口付けに応える事で誤魔化した。
そんな口付けが、互いが満足するまで続いたが、風が不意に頰を撫で、どちらからともなくゆっくり終わりを告げた。
クチュッ…… という小さな響きを残し、カイルは私から唇を離す。二人の間を唾液の糸が繋ぎ、ゆっくり消える。あがる息と疼く体が、正直辛い。そのせいでつい、潤んだ瞳でカイルを見つめてしまった。
「こんなに早く応えてもらえるなんて、思ってもいなかったよ。…… 嬉しいな、ありがとう」
優しく微笑み、私を横抱きにしてカイルが立ち上がる。
「これからも、よろしくね。僕の『奥様』」
「こちらこそです、『旦那様』」
お互いわざと子供っぽく微笑み合い、私は彼の胸に顔を寄せた。視界の端に見える彼岸花が風で揺れる姿が、まるで私達の事を祝福してくれている様だった。
【完結】