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第十三章 繋がる願い
第二話 掌に刻まれた思い
ソルト家の書斎前。
ダイチは僅かに緊張した面持ちで、
重厚な扉を見上げた。
そして小さく息を吸い込み、
コンコン、とノックする。
「……ダイチです」
「入れ」
短い返事。
ダイチはゆっくりと扉を開け、中へ入った。
書斎の奥には大きな机。
その上には本や書類が山のように積まれている。
立派な椅子に腰掛けていたのは、ソルト家当主、コバルト・ソルト。
普段家族に向ける穏やかな笑みはない。
そこにあるのは、巨大な事業を背負う貴族の顔だった。
「どうした」
低く落ち着いた声。
ダイチは背筋を伸ばす。
「……少し、聞きたいことがあります」
自然と、普段より硬い口調になる。
コバルトは手にしていた書類を机へ置き、静かにダイチを見た。
青い瞳がぶつかる。
「二年前の魔物襲撃事件についてです」
その瞬間、コバルトの眉が僅かに動いた。
ダイチは続ける。
「あの事件をきっかけに、俺たちは街を出ました」
「あれだけ大きな被害が出たのに……今では誰もその話をしない」
「街の人達も、俺達を見ても何も言わない」
「まるで……最初から何もなかったみたいに」
書斎に静寂が落ちる。
コバルトは黙って話を聞いていた。
「知っています」
ダイチは唇を引き結ぶ。
「……教会が圧力を掛けているんでしょう?」
しばらく沈黙した後、コバルトは小さく息を吐いた。
そして険しい顔のまま口を開く。
「……あの時、お前とジント君が街を救った」
「それは間違いない」
ダイチの肩が僅かに揺れる。
「だが同時に、あの力は多くの人間にとって理解できないものだった」
「人は理解できないものを恐れる」
静かな声だった。
責めるでもなく、否定するでもなく。
ただ現実を語る声。
「まして、あの時のジント君の力は常識を超えていた」
「あの混乱を抑えるために、教会が情報を制限したのも……ある意味では当然だ」
ダイチは俯いた。
拳を握り締める。
そんなダイチを見つめながら、コバルトは続けた。
「事件の後、我が家にも教会幹部が来た」
「色々と言われたよ」
「ジント君は危険だ、これ以上関わるなとかな」
ダイチが顔を上げる。
コバルトは静かに首を横へ振った。
「だが私は知っている」
「ジント君は厄災でも脅威でもない」
「……一人の人間だ」
その言葉に、ダイチの目が揺れた。
「そしてお前にとって……大切な存在なんだろう?」
「……っ」
不意を突かれたように、ダイチは目を見開く。
コバルトはそれ以上踏み込まなかった。
ただ穏やかに続ける。
「私は教会に従うつもりもない」
「かと言って、正面から敵対するつもりもない」
「私の役目は、ソルト家当主としてこの街を支え、家族を守ることだ」
机の上で組まれた指。
その姿は、一人の父親であり、一人の当主だった。
「だからもし、お前やお前の大切な人が危険な目に遭った時は力を貸そう」
「だが覚えておけ」
コバルトの青い瞳が、真っ直ぐダイチを射抜く。
「我々は感情だけでは動けない」
「背負うものがある」
ダイチは黙ってその言葉を聞いていた。
「そしてお前のその力は……」
コバルトは静かに言う。
「大切なものを守るためにある」
「それを忘れるな」
長い沈黙の後。
ダイチは小さく息を飲み込み、深く頭を下げた。
「……はい」
それだけを返し、書斎を後にする。
ーーー
自室へ戻ったダイチは、そのままベッドへ仰向けに倒れ込んだ。
そして両手を顔の前へ掲げる。
剣を握ってきた手。
何度も鍛えてきた手。
細かく刻まれた沢山の傷。
ジントが治療してくれた痕。
じっと見つめながら、小さく呟く。
「……大切なものを守る力、か」
ゆっくりと目を閉じる。
脳裏に浮かんだのは。
この手で握った、細く柔らかい手の感触。
そして黒い瞳を細めて笑う、ジントの姿だった。
コメント
3件

しばらく読めてない間に急展開してました!!! ジントはどうなるの❓ 協会は何を隠してるのか気になります 続き楽しみです(*´艸`)
comiさん、第50話読了しました。 ダイチがコバルト当主に真正面から「二年前の事件」を切り込むシーン、すごく重くて良い緊張感でした。教会が情報を制限している、という設定の補強が入って、世界観の奥行きがより一層感じられますね。 何より刺さったのはコバルトの「ジント君は一人の人間だ」という台詞。あの場面で、軽く擁護するでもなく、かといって説教じみてもいない、父親としても当主としても絶妙な距離感の返し方だなと。 最後の掌の傷とジントの笑顔を重ねたダイチの独白が、タイトル回収も含めてじんわり来ました。続き、気になります。