テラーノベル
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放課後の空き教室。窓から射す西日の中、日下部は例の机に肘をつき、面倒そうに足を組んでいた。
「次の相談者、入れ」
戸口から現れたのは、長い前髪で表情がよく見えない女子生徒だった。制服はきちんとしているが、両肩がわずかに前に落ちている。
「……どうも」
「座れ」
促されて椅子に腰を下ろすと、彼女はスマホを握ったまま深く息をついた。
「で、何の相談だ?」
「SNS……やめたいんです」
「やめればいいじゃん」
あまりにも直球な返事に、彼女は苦笑した。
「……それができたら、ここ来てないです」
話を聞くと、彼女は数百人のフォロワーを持つ“日常アカ”を運営していて、友人やクラスメイトともつながっているらしい。最初は楽しかったが、いつからか“いいね”やコメントの数を気にし始め、写真の加工や投稿時間を計算するようになった。
「気付いたら、現実よりも“そこ”の私を優先してて……疲れちゃって」
「わかるようで、俺にはあんまわかんねぇ世界だな」
日下部は背もたれに体を預け、天井を見上げる。
「けどさ、別に“見られる用の自分”って、悪いもんじゃないだろ。部活でユニフォーム着てるときだって、普段よりはちょっとカッコつけるだろ?」
「それは……まあ」
「問題は、それが“本体”だって思い込むことじゃねぇの」
彼は机の上のシャープペンを転がしながら続けた。
「たとえば、外で猫かぶってても、家でジャージでゴロゴロしてりゃ、それも自分。SNSでキラキラしてても、実際はコンビニで肉まん買って食ってんのも自分。どっちも本当だし、どっちもウソじゃねぇ」
「……」
「で、その比率は自分で決めていい。四六時中“映える私”を演じるのが疲れるなら、週1投稿とか、鍵かけて友達だけにするとか」
彼女はスマホを見つめ、少しだけ肩の力を抜いた。
「……やめるか続けるか、二択じゃなくていいんですね」
「そう。別に削除ボタン押さなきゃ死なねぇし、アカ消したって復活できるだろ。適当でいいんだよ」
日下部は軽く笑って肩をすくめる。
「俺もこの“相談室”とか言うやつ、いつやめてもいいと思ってるしな」
「え、それやめないでくださいよ」
「なんでだよ」
「……こうやって、ちょっと楽になる人もいるんですから」
西日が少し傾き、教室の影が伸びた。彼女は「ありがとうございました」と小さく頭を下げ、スマホを握り直して立ち上がった。
日下部は、彼女の背中を見送りながら、机に残ったシャープペンを指先でくるくる回す。
「……俺の比率は、まだ決めなくていいか」
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