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 自分の少し先にいる大切な人に何かが当たり、手の隙間から『赤』が見える。


 一瞬その『赤』が意味するものがわからずに呆然と見ていれば、額から頬へゆっくりと伝っていく。


 その『赤』が地面にシミを作るとき、ようやくそれがなんなのかを理解する。


 ――――――いや、初めからわかっていた。自分はこの『赤』を知っている。


 心臓が『ドクンッ』と大きく音を立てると、一瞬にして頭の中が真っ白になる。


 自分の中の感情が追いつくよりも早く、飛び出していった。




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




「うぉぉぉぉぉぉおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!」


 目の前でロキが血を流している。その事実に俺の頭が理解したと同時に、頭の中で『プツンッ』と何かが切れる音がする。

 その音がするや否や、一直線に何かが飛び出していく。飛び出していった何かは吸い込まれるかのように、額を抑えるロキの背後を狙う男の顔面に向かって蹴りをかます。


「が……はっ……!」


 飛び出した何かが見事に着地をしたとき、倒れる男に飛び蹴りを見舞ったのが我が妹だということに気づいた。


 妹は自分が蹴り倒した男には目もくれず、すぐにロキの方へと向き直って顔を覗き込む。


「おま……」

「大丈夫!?」

「……ッ!」


 ロキは驚きと不安……そしてどこかホッとした表情を浮かべ、無言でうつむく。

 そんなロキを見た妹は、いったいどんな表情をしたのだろうか。紙袋を被っているため、直接はわからない。

 だがこれだけはわかる。妹は今、『』ということを。

 いくら『考えるよりも先に行動』してしまう妹といっても、倫理観や道徳観はそれなりに教えている。『理不尽な暴力』は神崎家の家訓にも、ましてや妹自身の信念にも反する。



 あれは、妹が小学校に入りたての頃――――。妹のクラスメイトの一人が、上級生の男子数名に虐められていたのを目撃して激昂。無謀にも一人で対抗したことがあった。

 その時は、たまたま通りかかった吉田が追い払ってくれたようだった……が、自分より大きな上級生の男子数人を相手に、小柄な妹が一人で対抗するのはさすがに危ない。

 当時の俺は妹に勢いで突っ込まないように言い聞かせつつ、後日……妹にお礼参りをしようとしていた男子生徒を何度か裏でボコ……平和的解決に向けてその度、話し合いを繰り返していた。


 その甲斐あってか、妹はすぐに手を出さなくなった。

 ついでに『アイツに手を出すと、兄貴が出てくる』という噂が、悪ガキたちの間で流れた。

 まったく、人をまるでモンペみたいに……実に失礼な話である。本当は話し合いなんて野蛮なことでは拉致があかなかったから、穏便にデコピンで解決していただけなのに。


 まぁ無闇やたらに妹へ手を出すヤツが減ったので、当時の俺は何も聞かなかったことにした。



 ……と、こんな感じで。昔から妹は、良く言えば『正義感が強く』。悪く言えば『考えるより先に反射的に身体が動いてしまう』のだ。

 しかし妹のこのとんでも行動のおかげで、今の俺は怒りと勢いで飛び出さずにすんだのも確かである。


「……っ、くも……っ!」

「……! イオ、これ借りるぞっ!」

「えっ!?」


 俺は伊織からをもぎ取ると、妹の方へと向かって走る。



「よくも! ロキロキにケガさせたなぁぁああっ!」



 妹は我を忘れたかのように、石を投げつけたであろう人物に向かって飛びかかろうとする。


 ――――――俺はそんな妹の背後から腕を回し、間一髪のところで羽交い締めにした。


「ううぅぅううっ゙! がゔゔゔゔぅっ! 離せぇぇぇえ!」

「落ち着けアホっ!」


 まるで獣のように唸りながら、妹は俺の拘束から抜け出そうと暴れる。


「ゔぅゔゔゔゔゔゔぅっ゙! ゔあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!」

「いいか!? ここでお前が暴れたら『』んだぞ!!」


 俺のその言葉に、さっきまで暴れていた妹が『ピタッ』と止まる。

 妹はきっと「なんで?」「どうして?」と、この一方的で理不尽な状況に不満と疑問を抱いているだろう。


「〜〜っ! でもっ! ロキロキは何も悪いことなんてしてないっ!」


 あぁそうだ、そうだとも。ロキは何も悪いことなどしていない。


「……お前の言う通りだ、ヒナ。ロキは悪いことなんかしていない。……でもな、んだ」


 だからこそ俺は、今の妹の敵意を逸らせるため……諭すように説明する。


「いいかヒナ……この世界は俺たちの知ってる世界じゃない、全く違う別の世界なんだ。俺たちの考えや常識は通用しない。そもそもこの街のみんな……この世界では俺たちや俺たちの考え方そのものがなんだ」


 性別とか人種とか……俺たちの世界でも度々問題になることはあるが、そんな生易しいレベルじゃない。

 ここは異世界……性別とか人種の問題以前に、この世界のだ。


 だからこそ――――――!


「俺が何とかする。……だからヒナ、今は兄ちゃんを信じてくれ」


 妹はしばらく沈黙した末に「…………わかった」と頷いて、全身の力を抜いて大人しくなった。


「ありがとな、ヒナ。あとは兄ちゃんに任せろ!」


 俺は紙袋越しに妹の頭を『ポンッ』と何度か軽く撫でる。


 妹にはあぁ言ったが――――正直、俺だって大事なダチを傷つけられてかなり怒ってる。



 ――――だがその怒りをぶつけるのは、今俺の目の前にいるこの街の住民じゃない。



 俺は大きく深呼吸をして、一歩前に出る。それに呼応するように、集まっていた野次馬のみなさんが少しあとずさる。



 Q.どうしてみんなが後ずさったのか?


 1.俺の静かな怒りを察したから?

  A.違う。


 2.さっきまで暴れてた妹を抑えてたから?

  A.もちろん、それも違う。


 3.ヤバそうなやつが目の前に現れたから――――?



「えぇい! 静まれぇい! 静まれぇい!!」


 俺は妹を止めに入る際、伊織からもぎ取ったをずっと被っている。


「自分たちが石を投げつけたこのお方を、どなたと心得える!?」


 察しのいいキミたちなら、何となくは気づいてくれていただろうが……そうだとも!


「何を隠そう、先日の魔獣襲撃の際! 誰よりも早く対処し、勇猛果敢に魔獣たちに立ち向かい! その身一つでこの街と人々を守った! 先の英雄であらせられるぞっ!!」




 そう大声で発した俺は、妹と同じく……紙袋を被っているからだ!

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