これで残りは北側にある山に据えるだけとなった。
しかしこの山において守り人として適切な相手を俺は知らない。
条件さえ合えばそれこそ熊でも狼でも何でもいいのだが、どうやらそういう者も居ない。
南を見れば、緩やかではあるが呪いが進行していく王国が見え、北を見れば別の国が隣接する国と諍いを起こしている。
「お困りのようですね」
そこに何かがいたのは気づいていたが、声を掛けてくるとは思わなかった。なにせそいつからは生者の気配が感じられなかったからだ。死者であればもしかしたら念を飛ばしてきたりはしたかも知れないが、まさか肉声でコンタクトを取りに来るとは。
振り返るとシャツにデニム、紺色の薄い上着を着たヒョロっとした青年がそこに立っていた。やはり生者では無いのだろう、この山頂でそんな格好でいるのはさすがに不自然だ。荷物もなく、この標高の気温と風に寒がりもしない。
「お前は一体?」
「お初にお目にかかります。私はこの度のサポート役に命ぜられましたナツと申します。得意な事は占いです。ダリル様の目的が成就されるようにと遣わされました。以後、お見知り置きを」
目の前の青年はそう言って深々と頭を下げてみせる。
「命ぜられた? 一体、誰に……?」
目の前の生きていない青年を遣わしたのは誰なのか? そういえばあの元奴隷の少年も既に聞いていると言っていた。それは誰か? 考えるまでもない。あの幼女だ。
「守り人の選定は簡単ではないでしょうから。ダリル様の馴染みのない当地においては特に。ですので、そのお手伝いをするようにと精霊界の女王より承りました」
「そして占いで見つけてくれるということか?」
「はい。というよりは既に──」
「この山の北側にある街では、山神信仰があるのをご存知でしょうか? この山には山神様がいらして、国難においてその力をもって救ってくださるという」
この世界にも宗教の類は呆れるほどにあるが、自然を対象としたものはその最たるものと言えるだろう。とりわけこの険しい山などはそうなり易い。
「その山神とやらに守り人を頼むのか? 神に知り合いなどはいないが」
「ええ、もちろん違います。この世界において地上におられる神はダリル様のみです。そして山神様などというものは存在しません。街の者が勝手に想像して勝手に信仰しているだけにすぎません。祈って叶えば山神様のおかげと感謝して、叶わなければ祈りが足りないと更に祈るだけです」
俺は神ではないと、否定しようかとも思ったがどうせ聞きはしないだろう。とりあえず好きに語らせておくのが吉か。
「そして祈っても祈っても叶わないものをそれでも叶えたいという、そんな時に行われるものが生贄という手段です。神などいないこの山には少なくない数の者たちが生贄として捧げられております。そしてその生贄に選ばれるのは、神に仕えし者だけであり、それなりに使える者です」
開いているのかどうか分からないほどに細い目をさらに細めるナツ。端正な顔にはりつけた笑みの裏にどんな思惑があるのか。
「使える者。つまりはその生贄として捧げられる者を守り人にすると」
「ええ、そして今この山の麓にその生贄が来ております。ダリル様にはその生贄を迎えにあがって頂きたいということです」
「それではまるで俺がその山神とやらのようではあるが」
ナツははりつけた笑顔のまま、手で促した。
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