テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
呼び込みの声が通り中に響いていて此処はとても賑やかだ。転移ポータル付近は自然と人が集まるので、商店も必然的に多くなる。逸れては大変なので私はそっとシドの持つ鞄の端を掴んだ。
「こう多くては、何処がいいのか迷うな」
周囲を見渡しながらシドがボヤいた。梟のサビィルでは流石に店には詳しくないらしく、肩の上で「好きにしろ、何処もサービスはいい」と言って欠伸をするばかりで、店を選ぶ事に関与する気は無いらしい。 自分も選択肢を絞る基準を持っている訳ではないので黙って彼について行く。全く役に立っていない事に少し申し訳ない気持ちになってきた。
せめて自分も何か出来ないかと周囲を見ていると、「——あら!そこのローブ姿の可愛いお嬢さん、ウチへ寄って行きなさいな!ウチの子はみんな勇敢な子ばっかりよー」と声をかけられた。
気さくな店主の雰囲気に、『この店はどうだろうか?』と思い私はシドの鞄を掴んで引っ張った。
「ん?何処かあったのか?」
立ち止まり、シドが私の方へと振り返る。
「あの店はどうかしら?」
私を指定して声をかけてきた店の方を指差すと、店主が手を振ってこちらに合図をしてくれる。恰幅がよく、『ザ・オカン』な彼女が「ほら!こっちよー」と更に大きな声をあげた。
「そうだな、そうしようか」
断る理由が無かったのか、シドは簡単に同意してくれ、私達は一緒にその馬車屋に足を向けた。
「いらっしゃい!お似合いの夫婦ねぇ、可愛らしい奥さんを連れての新婚旅行かしら?あ、お探しは馬車?それとも、馬だけかしら?」
顔を真っ赤にして、シドと私は同時に叫んだ。そんな私達の声のせいで周囲が一瞬静かになったが、すぐに喧騒が戻る。
「あ、あの私達は、べ、別に新婚では……」
「彼女は俺の主人であって、俺達は新婚という訳では」
言葉が被さる事も気にせず同時に否定する私達に向かい、不思議そうな顔を向ける店主だったのだが、今度は「あぁ!身分差の恋で駆け落ちなのかい?」と的外れな事を言い出した。
またも同時に叫んだが、ずっと大人しくしていたサビィルが口を挟んできた。
「もう良いではないか、それで。サッサと借りて、もう行くぞ!女将、度胸のある馬を一頭頼む。森まで行くからな」
「あいよ。ここいらでも一番ガタイのいい子がウチにはいるよー。ウチの店を選んで良かったわね!」
ドンッと自らの大きな胸元を叩き、店主が豪快に笑う。誤解が解けないまま店主は店の裏に行くと、馬の用意を始めてくれた。
サビィルと別の店員が支払い等のやり取りをしている間にシドが、今回借りる事になった赤毛の馬に荷物を縛り付ける。私が乗馬は得意では無いのを知っているサビィルの配慮で一頭しか頼まなかった事は理解出来るのだが、『新婚だ』だなんて勘違いをされた後に二人で乗るのだと思うと、妙にソワソワしてしまう。
「あ、あのね……シド」
「ん?」
「私達って、傍から見ると……新婚に、見えるのかしら?」
「あ、あれは、あれだ。えっと……常套句なんじゃないか?男女がいればこう言うみたいな」
(なんだ……そうなの)
その事に対し、何故かちょっと残念に思った。だけど「なるほど」と納得して頷く。
……そういう事か。本気で勘違いされた訳ではないのなら、わざわざ店内に戻って弁解する必要はないだろう。
「しかし、サビィルは本当にすごいな。支払いの手続きまでやってのけるとは」
「彼が父の使いなのは商人達の間では周知の事なので『請求はそっちにね』で済むとはいえ、確かにスゴイですよね。私も尊敬します。出る幕無しですもん、私」
肩をすくめて苦笑いしてしまう。鍵を受け取って来た以外まだ何も出来ていない事が気になって仕方がない。
「俺もまだ何もしていないな」
そう言ったシドが私の方へ近づき、「だから気にする事は無い」と笑いながら後ろ頭をポンッと軽く叩いた。
「それにロシェルは……俺に膝を貸してくれたじゃないか。助かったよ、ありがとう」
照れくさそうな声色で言われたが、振り返った時にはもう顔を逸らされてしまっていて彼の表情を見る事は叶わなかった。ただ、耳が赤くなっていたので、もしかしたら真っ赤な顔をしていたのかもしれない。
——私とシドがそんなやり取りをしていた時。
サビィルも去った後の店内からそっとこちらの様子を見ていた者が居た。
「まったく、お二人ときたら……もっと押さないといけませんね」
舌打ちをし、そう呟いた“男”に向かい、店主が声をかける。
「あれで良かったのかい?もっと言ってあげたかったけど、私は役者じゃないからねぇ」
「いえいえ!ありがとうございました。むしろ無理を頼み、申し訳ありませんでした」
「いいのよぉ。こんな頼み事をされたことなんか無いから、むしろ楽しかったしね」
丁寧に頭を下げる男に向かい、店主が機嫌よくそう答えていたことを、私達はこの先も知る機会は無かった。
「お前はバカなのか!」
サビィルがシドに向かい大きな声で罵った。
「いや、だがしかし……」
シドがひどく困った顔でサビィルに反論しようとしたが、彼の勢いに負けて口を噤む。
「急いでおると言っただろうが!一緒に乗る!早くっ!」
バッと翼を広げてサビィルが抗議の声をあげる。シュウは馬の頭の上で尻尾を揺らし、出発はまだかとソワソワしていた。
私はというと、『さて困ったわ』と思いながら一人で馬に乗っている状態だ。
「ロシェルが一人で馬に乗ればいい、俺は走るから!“一頭”と聞いた時点で元より俺はそのつもりだったんだから問題ない!」
「鎧を着て馬と並走し続けるとか、無理に決まっておろうがぁぁぁ!」
怒りがピークに達したのか、サビィルがシドに向かい飛び蹴りを入れる。全く痛くは無さそうなのだが、『梟からの蹴り』はシドは心の方へかなりダメージを与えたみたいだった。
「わ、わかった、わかったからそこまで怒るな!」
何度も何度も飛んでは蹴りを入れ続けるサビィルを宥めるように、シドが言った。
「分かれば良いのだ」
フンッと鼻息を荒げているように見えるサビィルと、困惑顔のままのシド。そんな二人を、『まだですか?』と思いながら黙って見ていると、シドが『降参した』と言いたげな顔でため息つを吐いた。
口を引き結び、シドが俯く。そのまま数秒間硬直したと思ったら、覚悟を決めた顔で私の待つ馬の鞍へ足をかけて、彼も馬に乗ってきた。
「手綱をくれるか?」
私の後ろに座ったシドがそう言ったので、言われるままに彼へ手綱を渡す。それを受け取ると彼は、私の背を包みこむような状態のまま馬を走らせ始めた。
背中に当たる鎧の硬い感触。耳元には何となく彼の早い鼓動が聞こえる気がする。
サビィルは怒り疲れたと言いたげな顔で私の前に座り、溜め息をついた。こんな大所帯を乗せても平然と速度を上げ始めた馬の力強さに称美したくなる。
「此処からしばらくは、森に向かってただ進むだけだ。道なりに行けば良いから迷う事もないだろう」
瞼を閉じてそう教えてくれたサビィルはもう寝る気満々にようだ。シュウは馬の頭の上で景色の変化を楽しむようにキョロキョロと周りを見ている。シドはというと、普段の険しい顔が悪化していて、眉間のシワがいつもより深い気がする。何をそんなに嫌がっているんだろうか?
「あの……シド。私、何かしましたか?」
背後に顔を向けて問いかける。やっと出発したのに、気不味いままの旅など出来れば御免被りたい。
「……え?何故だ?」
「だって、一緒に馬に乗るのをとても嫌がっていたから」
「そ、それは……ロシェルが」
「私が?」
(やはり、私が一緒なのが問題なのかしら)
「あまり、俺が近いのは……嫌なんじゃないかと。近いからな。しかも、かなり」
そんな事?私から何度も腰や首に抱きついたりしているのに、どうして背中から抱かれるみたいになる体勢を嫌がるだなんて思う……ん?『抱かれるみたいな体勢』?
(あ、あぁぁぁぁっ‼︎ それは、確かに、だ、大問題だわ!)
シドの懸念に、やっと私も気が付いた。
(今の私は、シドに背後から抱きつかれているのかっ!)
——と。
あくまでも『みたい』であって実際に抱きつかれている訳ではないのだが、コレでは全然大差はない。この状態のまま森までの数時間をすごすのか!『自分から』じゃない、『彼からだ』と思うと、“擬似的抱擁”に心臓が一気に煩く騒ぐ。
『自分から』だと巨大なクマのぬいぐるみに抱きつくくらいの気持ちだったのに、『彼からだ』と意識しただけでコレがまるで『異性との抱擁』に思えてきてしまい、一気に顔が赤くなってきた。だけど今はフードを被っているので、前を向いてしまえばシドには顔が見えないのが救いだ。
「ロシェル、嫌ならやはり俺は——」
これは『降りる』と続けようとしたと察知した私は、すかさず「嫌じゃないです!時間も勿体ないですし、このまま行きますよ!」と自分にも言い聞かせるように叫んだ。
側に居て欲しくないとか有り得ない。むしろずっと側に居たいと思うからこその、『この旅』だ。嫌がっているかもとか、微塵も思われたくなど無い。
背後から私の前にある手綱を掴んでいるシドの腕に、自分の手を置いてギュッと力を入れた。
「このまま、行きますよ!」
大事な事なので、もう一度言ってみる。そしてこの状況を私は、『シドと離れたくない』と願った事が叶った結果なのだと思う事にした。恥ずかしいとか、緊張するとか、そういった類の物はそっと胸に奥に仕舞い込んで。
シドの視界に、常に私の谷間が入ってしまう事に気が付かないまま、私達は黒竜の住む森へと道中をひた走る事となった。