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蝶舞(かれん)@常にスランプ
#女主人公
46
議会議長シェスタは、機を見ていた。
アウストリーテの戦いにおいて、
帝国軍を打ち破った男――カイル。
その名声は、すでに国民軍の中で絶対的なものとなっていた。
兵は彼を讃え、民衆は英雄と呼ぶ。
(この男を押さえれば――)
「……使える」
シェスタは、確信していた。
王党派を議会から排除するため、
その威光を借りることを決めたのである。
やがて、議場は武装した国民軍によって占拠された。
怒号。銃声。悲鳴。
王党派は抵抗し、議場はそのまま戦場へと変わる。
火は市街へと広がり――
王都は、一夜にして内戦へ沈んだ。
「やめろ!これ以上は国家がもたん!」
警察長官フンタの叫びが響く。
シェスタもまた、ようやく事の大きさに気づき、収拾に動いた。
激突の末――停戦。
王党派の軍はカルデル城へ。
国民軍は王都郊外タンクルー駐屯地へ。
秩序は、かろうじて取り戻された。
だが――
国王は宮殿に留め置かれ、
その自由は完全に奪われた。
それは、名ばかりの統治。
実質的な幽閉だった。
そして。
その均衡は、あまりにも脆かった。
数日後。
議会は、何事もなかったかのように開かれていた。
ざわめきの中、扉が開く。
重い足音。
武装した国民軍が、整然と議場へ進入してくる。
その先頭に立つ男を見て――
誰もが言葉を失った。
カイル。
彼は、ただ静かに中央へ歩み出る。
誰も、止めない。
いや――止められない。
重い足音。
誰も動かない。
いや――動けない。
その場にいるすべての人間が、
無意識に“理解していた”。
この男が、今からすることを
議長席のシェスタが立ち上がる。
「カイル司令官……これは――」
言葉は、途中で途切れた。
視線が合った瞬間、理解したからだ。
(違う)
(これは――私の用意した舞台ではない)
カイルは議場を見渡し、淡々と言う。
「議会は、もはや国家の意思を体現していない」
静寂。
「よって――」
一拍。
「本日をもって、これを解散する」
誰かが立ち上がる。国民軍のボーガンの先は
立ち上がろうとする議員に向けられていた
議場は、すでに掌握されていた。
シェスタの喉が、わずかに鳴る。
(利用したはずだった)
(この男を――)
だが。
(利用されていたのは……)
(違う……)
(私は、この男を利用したのではない)
(この男に――私は選ばれただけだったのだ)
カイルは続ける。
「新たに、執務政府を樹立する」
「国家は、迅速な意思決定を必要としている」
一切の揺らぎもない声。
「その責を――」
一歩、前へ。
「私が負う」
ざわめきは、もはや恐怖に変わっていた。
「第一統領として」
その瞬間。
この国の形は、音もなく変わった。
誰一人として、拍手はしなかった。
だが――
誰も、反対もしなかった。
革命は終わった。
そして。
支配が、始まった
商都は、金だけでなく情報の流れも支配している。
各地から運び込まれる報せは、絶え間なくこの街に集まり、そして拡散していく。
その一室で――
カルドとサイラスは、運び込まれる情報を黙って聞いていた。
「……王都、完全に抑えられたそうだ」
「国民軍は再編済み。指揮系統も一本化されている」
報告が途切れる。
沈黙。
カルドがゆっくりと口を開いた。
「お前さん、どうする?」
軽い調子だったが、目は笑っていない。
「街道は――おそらく封鎖されてると思うぜ」
「海から返す手もあるが……」
サイラスはわずかに首を振る。
「当然、向こうもそこは押さえている……でしょうね」
カルドは鼻で笑った。
「だろうな。抜け目のねえ野郎だ」
一拍。
「ククルースの件もある」
「当分、ここにいてもらうぜ」
サイラスは静かにうなずくと、隣の少女に目を向けた。
「ユンナ。王国の様子を見てきてもらえる?」
「……わかった」
短く答え、ユンナは部屋を後にする。
扉が閉まる音が、妙に重く響いた。
残された二人。
カルドが腕を組む。
「で――」
「いったいカイルってのは、何者なんだ?」
その問いに、サイラスはすぐには答えなかった。
遠い記憶を探るように、目を伏せる。
やがて、ぽつりと口を開いた。
「……私の昔の記憶では――」
「利発で……」
「暗い影を持った少年でした」
静寂。
その言葉が、部屋の空気をわずかに冷やす。
サイラスはゆっくりと顔を上げる。
「ですが――」
「今は」
「英雄として、王都を抑えています」
「俺が知りたいのは、その英雄が」
「いい奴なのか、悪い奴なのか」
「それが知りたいんだ」
短い沈黙。
サイラスは、わずかに目を伏せた。
「……わかりません」
即答だった。
迷いはない。だが――確信もない。
カルドが眉をひそめる。
「わからねえ、だと?」
サイラスは静かに続ける。
「少なくとも――」
「……あの男が“どちらでもある”なら」
「最も危険な男ではあります」
一瞬、空気が止まる。
「ふむ」
カルドは小さく吐き捨てる。
サイラスは視線を外さない。
「時代が求める英雄は」
「必ずしも、“善人”とは限りません」
沈黙。
カルドは、ふっと笑った。
「なるほどな……」
「そいつは、厄介だな」
「国王陛下!」
「……今度はなんだ?」
控えの者が、わずかに声を落として言った。
「妙な船が、港への停船許可を求めています」
カルドは面倒くさそうに手を振る。
「そんなもん、いちいち俺に――」
言いかけて、止まる。
「……何が妙なんだ?」
「それが――」
一瞬、ためらう。
「スカーレット国の船でして」
空気が変わる。
「……続けろ」
「王旗を掲げています」
「……」
「女王陛下が乗船している可能性が」
沈黙。
「――まさか、ですよね」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
カルドとサイラスが、同時に視線を合わせる。
言葉はない。
だが――
互いの頭の中では、無数の可能性が弾けていた。
(外交か)
(亡命か)
(罠か)
(あるいは――)
カルドが立ち上がる。
判断は、一瞬だった。
「すぐに会う」
「迎賓館に通せ」
控えの者が一礼する。
「はっ」
足音が遠ざかる。
カルドは小さく笑った。
「……来るな?」
サイラスは、わずかに目を細める。
「はい」
「“来すぎています”」
重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。
先に入ってきたのは護衛ではない。
“空気”だった。
張り詰めた、冷たい圧。
遅れて、足音がひとつ。
硬質な床を打つその音は、不思議とよく響いた。
そして――
女が現れる。
深紅の外套。
無駄のない装飾。
王冠は小さく、だが視線を逸らせない。
その目が、すでにこの場を支配していた。
誰も、声を出さない。
いや――出せない。
カルドですら、口を開くのが一瞬遅れた。
「……ようこそ、エスカリオへ」
女は歩みを止めない。
そのまま、中央まで進み――
ようやく足を止める。
「歓迎は不要だ」
低く、よく通る声だった。
「時間がない」
その一言で、場の空気がさらに締まる。
視線がカルドへ向く。
測るように。
値踏みするように。
「カルド王、もうすぐここに艦隊が押し寄せてくる」
問いではない。
確認でもない。
“断定”だった。
カルドは、わずかに笑う。
「だったらどうする」
女は一歩、踏み出す。
「戦うにきまっておろう」
即答だった。
沈黙が落ちる。
サイラスの目が細くなる。
女王は続ける。
「単刀直入に言う」
「カイル・ゼイオンを討つ」
その名が出た瞬間――
空気が変わる。
「そのために来た」
カルドが低く笑う。
「……面白え」
「で?」
「俺たちに、何を差し出す」
女は一切ためらわない。
「勝利だ」
言い切った。
一歩も引かない。
その声音に、虚勢はない。
ただの事実のように響く。
「あやつは、我が国を子供が
おもちゃ箱をひっくり返すように壊した」
「相手が王ならば、私は殺せる」
静寂。
カルドの笑みが深くなる。
「ずいぶん言ってくれるじゃねえか」
女は動かない。
「事実を述べているだけだ」
その視線が、今度はサイラスへ向く。
「……軍師」
名を呼ばれていないのに、呼ばれたとわかる圧。
「貴様なら理解できるはずだ」
「この戦は――」
一拍。
「速さだ」
サイラスは、わずかに目を見開いた。
核心を突かれていた。
女は言葉を重ねる。
「遅れれば、全て終わる」
「何もかもな」
沈黙。
完全に場の主導権は奪われていた。
カルドが、ゆっくりと息を吐く。
「……なるほどな」
「確かに、来すぎだ」
小さく笑う。
「だが――嫌いじゃねえ」
そして、顔を上げる。
「いいぜ」
「話を聞こうじゃねえか、女王陛下」
女王は、初めてわずかに口元を動かした。
それは笑みではない。
戦意だった。
サイラスが商都に向う1か月前、
「西スパールニャ地方にて蜂起。
スカーレット王国の支配からの解放を掲げ、独立を宣言しました。
沿岸都市を襲撃し、守備隊との戦闘が各地で発生しております」
「……なんじゃと」
女王の声が低く落ちた。
「ムラサキ」
呼ばれるや、音もなく一人の女が姿を現し、静かに一礼する。
「報告いたします。
反乱軍は農民や漁民のみならず、
旧スパールニャ貴族、没落騎士、逃亡兵まで合流しております」
「首謀者は誰じゃ」
「王国より渡来した、バルザックと名乗る男。
“解放”を掲げ、現地の不満を扇動している模様にございます」
「……ただの暴徒ではない、ということか」
「はい。
港を焼き、補給路を断ち、小部隊を誘い出して襲撃。
統率なき一揆ではございません。
すでに西スパールニャ一帯で、民衆蜂起に発展しております」
女王はゆっくりと目を細めた。
「面倒なことになったのう」
「さらに厄介なのは、敵が城にこもらぬこと。
村に紛れ、山に潜み、夜に現れます。
兵を送っても、討てるのは影ばかりかと」
「これは、軍同士の戦いではございません」
沈黙。
やがて女王は、かすかに息を吐いた。
「……美しくないのう」
その一言には、嫌悪とも、諦観ともつかぬ響きがあった。
「占領した土地が、こちらの兵を食い潰す――沼、か」
再び沈黙。
そして、ぽつりと呟く。
「……王国にいるエレンに、帰国を命じよ」
ムラサキが一瞬だけ顔を上げる。
「よろしいのですか」
女王は答えない。
ただ、遠くを見るようにして言った。
「……だが」
わずかな間。
「妾に――民草が討てるかの」
ムラサキは答えない。
ただ、静かに頭を垂れた。
スカーレット王国は、二世代をかけて
大陸南方の部族をまとめあげた連合王国だった。
とりわけ西スパールニャ地方は、
もともと独立意識が強く、
常に火種を抱えた土地でもあった。
その炎が、いま――燃え上がった。
女王は、それを黙って見ていた。
帰国したエレンは状況を聞き
憤慨した
「女王陛下、ご命令を」
「西スパールニャを鎮圧せよと、おっしゃってください」
沈黙。
女王はゆっくりと顔を上げる。
「……それは」
「同胞ぞ、民を討て、ということか」
エレンは答える
「敵です。女王陛下の敵です」
女王は沈黙をもって答えた
エレンは目を閉じる。
そして――
「妾はこの国を統べる女王である」
「ゆえに――民を殺してでも守るべきなのもあるのであろうな」
一拍。
「……できぬ」
「できるわけなかろう」
空気が凍る。
「妾にはできぬ」
「この美しい国を、焼くことは」
それがすべてだった
「……それでも」
声が震える。
「それでも、私は――女王陛下の敵を討ちます」
エレンは
子どものように泣きじゃくった。
レイナは立ち上がる。
振り向かない。
そのまま、王宮を後にした。
その数日後――
王宮の門は、内側から開かれた。
誰も叫ばなかった。
誰も剣を抜かなかった。
抵抗は、ほとんどなかった。
スカーレット王国は、この日、静かに終わった。
新しくスパルーニャ共和国が誕生した
この国は、革命によって生まれたのではない
「誰かの敗北」によって生まれた国だった
祝宴の灯りが、夜の宮殿を照らしていた。
「ホルン国王、ご即位おめでとうございます」
グラスが静かに掲げられる。
「……まさかここまで、うまく運ぶとはな」
ホルンは低く笑った。
だがその目は、祝いの席にしては冷えている。
「バルザック殿」
呼ばれた男が一歩進み出る。
「特別顧問として、この国を導いてほしい」
「あなたの才、ここで存分に振るうがいい」
「光栄に存じます」
一礼の後、バルザックは顔を上げた。
「まずは艦隊の再編を急ぎましょう」
「この国が海を制すれば、交易も戦も、すべてが変わります」
ホルンは満足げに頷く。
「次は――エスカリオ商王国だな」
その言葉に、場の空気がわずかに引き締まる。
「はい」
バルザックは迷いなく応じた。
「彼らの富は、この大陸の血流そのもの」
「押さえれば、すべてが我らのものになります」
沈黙が落ちる。
遠く、杯の触れ合う音だけが響いた。
やがてホルンが、ふと呟く。
「……カイル閣下は、本気でこの大陸を統べるおつもりか」
誰もすぐには答えなかった。
バルザックだけが、わずかに口元を緩める。
「さあ……」
視線を夜の闇へ向ける。
「ですが――」
静かに続けた。
「その野心の行きつく先を、見てみたい気はいたします」
祝宴の音が、再び高まる。
だがその中心で交わされた言葉だけが、
ひどく静かに、そして確かに未来を指していた。
巨大な船体が、ゆっくりと海に浮かんでいた。
黒く、鈍く光るその姿は、まるで獣のようだった。
「……これは」
サイラスが思わず足を止める。
カルドは満足げに腕を広げた。
「俺が心血を注いで建造した戦艦――
エスカリオ海軍旗艦 デッセゼニー だ!」
一拍。
サイラスは、わずかに眉をひそめる。
「……もう少し、まともな名前はなかったんですか?」
カルドが即座に振り返る。
「何を言ってやがる。
これはな――俺の思想信念をそのまま形にした、最新鋭戦艦だ」
横で見ていたエレン女王がが、ぼそりと呟く。
「性根のいやらしさが、よくでておるのう」
沈黙。
カルドが、にやりと笑う。
「だろ?」
「ほめてはおらぬ」
戦いののち――
エスカリオ王都エスカミーニャ。
港の一角に、その船は静かに係留されている。
黒く、重く、かつて戦場を切り裂いた鋼の巨体。
戦艦――デッセゼニー。
かつてこの船は、
海を制し、この国を守り抜いた。
そして今は――
戦うことをやめた。
「……これが、あの船か」
訪れた者が、足を止める。
その名を知る者も、知らぬ者も、
ただその姿に、しばし言葉を失う。
艦首には、小さな銘板が打ち付けられている。
――この船は、エスカリオを守った旗艦である
――そして、海の英雄、カルド提督(王)の最も愛した船である
風が吹く。
かつての砲煙の匂いは、もうどこにもない。
ただ――
静かな海だけが、そこにあった。