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チャイムが鳴っても、席を立てなかった。背中にまだ笑い声の余韻が張り付いている。
鞄を握る指がじっとりと湿っていく。
「なぁ、遥」
出口を塞ぐように、体育のときに俺を突いた男子が立っていた。
その後ろには数人。目が笑っているけど、口元は歪んでいる。
「さっきの、マジでウケたわ。……ほら、続きやろうぜ」
机を叩かれ、身体がびくりと揺れる。
笑い声が重なり、視界の端でドアが閉まった。
「逃げんなよ。別に殴ったりしねーから」
わざとらしく優しい声。
でも、その奥にあるのは、昼間の体育館と同じ、逃げ場のない匂い。
「ほら、こっち」
肩を押され、足が勝手に動く。
胸の奥で、昼間のあの震えがまだ残っていて、それを気づかれるのが怖いのに、消えてくれなかった。
窓の外から聞こえるのは、部活の掛け声と、ボールの跳ねる音。
俺は黒板の前に立たされて、背後に数人の足音を感じていた。
「ほら、動くなよ。抵抗したらもっと面倒になるだけだから」
低い声が耳元に近づく。
次の瞬間、腰のあたりに冷たい感触が触れた。
押し込まれる感覚に、背中がびくりと跳ねる。
「あ……っ」
自分の声に、自分で驚いた。
喉を押さえても、息が震えて止まらない。
「ほら、立ってるだけでいいんだよ。簡単だろ?」
背中を軽く叩かれ、廊下の窓際まで押し出される。
窓の外には、まだ部活帰りの生徒たちが見える。
見られてるわけじゃないのに、全身が露出してるみたいな感覚が広がる。
下腹の奥が、じりじりと脈打つ。
そのたびに、膝が勝手に揺れる。
必死に呼吸を整えようとしても、「っ……く」とかすかな音が漏れた。
「顔真っ赤。なあ、これで廊下歩ける?」
笑い声が、背中に突き刺さる。
足を一歩踏み出すたびに、奥から微かな波がせり上がる。
ただ歩くだけなのに、心臓と呼吸が合わなくなる。
どこかで誰かがこちらを見ている気がして、目線を上げられない。
廊下の端に着くころには、もう息が熱くて、喉が渇いていた。
その渇きは水じゃ埋まらない。
ただ、ここに立っていることが、拷問の続きみたいに長く感じられた。
廊下から教室に戻されると、机の上にはいつの間にかいくつかの物が並んでいた。
体育倉庫から持ってきたらしい縄、ガムテープ、木の棒……どれも日常的に使う物なのに、
この空間に置かれただけで異様に見えた。
「今日は特別サービスだな」
笑い声が、机の上の道具より冷たく響く。
まず、手首を縄で緩く縛られた。きつくないのに、逆らえない感覚だけが妙に強い。
足首も同じようにされ、机の角に背中を押し付けられる。
膝を少し開かされた瞬間、下腹の奥がまたざわりと反応して、背筋が勝手に震えた。
「ほら、これ。ちゃんと持ってきたんだぞ」
誰かが机の上から細長い金属を手に取り、俺の視界から消える。
直後、下のほうでカチリと音がして、鈍い冷たさが押し寄せた。
腰の奥がきゅっと引きつる。
息を止めたつもりなのに、「……っあ」と声が漏れる。
「反応いいなあ。もっと見せろよ」
視界の端でスマホが持ち上がるのが見えた。
レンズがこちらを向いた瞬間、全身から血の気が引く。
「やめ……」と言いかけたが、喉が乾いて声にならなかった。
代わりに、木の棒が肩口を小突いた。
痛みより、笑い声とシャッター音が重なって耳に焼き付く。
その後も、ガムテープが頬や口の端に貼られたり剥がされたりするたび、皮膚の奥がひりつく。
笑いながらそれを繰り返す彼らの目には、もう俺を“人”として見ている光がなかった。
動けないまま、視線だけが天井に張り付く。
何も考えないように、何も感じないようにと必死で意識を遠ざけても、
下腹の奥の異物感と、笑い声の記憶だけは離れなかった。