テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
主に、いや、全て“南風アルサ”のおかげで、叶糸が死に戻る前の『過去』の清算がほぼ終わった。 残るは剣家の面々だが、アレらは猫が鼠をじわじわと甚振るみたいに“南風サリア”が見事に調理してくれるから、彼らの一件ももう私の中では完了したものとする。
これで安心して平穏な日々を送れ、無事卒業式も終えて、とうとう明日は私達の結婚式だ。
沢山の人達の思惑を巻き込み、剣家の面々が私に向けてきた見当違いな期待を踏み潰し、ここまで来た以上、『中止』という選択肢は流石に無い。だが『本当に、叶糸的にはコレで良いのか?』という疑問は残る。私は“消えた過去”を知っている身なので『コレが最善のルートだった』と思ってしまうけど、死に戻る前の記憶を全て失っている叶糸にとってもそうだと言えるんだろうか?他にも道は無数にあったと思うし、私じゃなくても、もっと理想的な結婚相手はわんさかいたはずだ。愛し愛されてという幸せな家庭を築くチャンスを私が潰しやしないかと不安でならない。
(でも、本人にその辺の事を訊いても、『今更?』って思われそうでなぁ)
大きなベッドにゴロンと寝転がり、そんな事をちょっと思った。
結婚式目前という事もあって、叶糸も居所を南風家所有のタウンハウスの一室に移している。今までずっとベッドでの生活だった事を考慮して彼の寝室は洋室だ。明日からは『私達の部屋』でもあるから結構広めで、主寝室の他にもそれぞれの私室もセットになっている。中央にこの部屋があり、挟むようにして各私室が並ぶという配置だ。一旦廊下に出ずともお互いの私室から直接主寝室に入る為の扉があって移動が楽なのは助かるな。
この部屋だけでももう叶糸が今まで暮らしていたプレハブ小屋みたいな別邸の総面積よりも広く、天蓋までセットになっているワイドキングサイズの大きなベッドがあるのに全然邪魔じゃない。他にはローテーブルやソファー、壁面には飾り棚、ベッドサイドテーブルなどもあり、それらの装備品はどれも一流の物で揃えてある。だけど華美過ぎて目が痛くなる感じにはしないでくれた配慮は本当にありがたかった。
そんな部屋の大きなベッドで寝転がっていると、「——まだ寝ないのか?」と叶糸が声を掛けてきた。風呂上がりの様で、タオルで髪をガシガシと拭き、腰にはタオル一枚というかなりの軽装だ。
「早く乾かしたらどう、じゃ?」
彼なら風属性の魔術で一瞬だろうに。格好も格好なので、つい『まさか、濡れた姿を敢えて見せているのか?』と見当違いな事を一瞬考えてしまった。
「頭皮マッサージをしているみたいで、これはこれで気持ちいいんだよ」
そう言って私の隣に彼が座る。マーモットの姿で見上げる叶糸はかなり大きいが、でも不思議と安心出来た。
「明日は準備があって早いんだろう?ちゃんと寝ないと辛いんじゃないのか?」
「徹夜くらいいくらでも平気じゃ、ぞよ」
獣人化している時は普通に話せるのに、マーモット体だと馬鹿みたいな話し方が今なお抜けてくれない。この体格差のせいもあってか、無自覚に虚勢を張ってしまうんだろうか。
「その割には、アルカナはしょっちゅう寝ているよな」と言いながら私を持ち上げ、向かい合わせの状態で膝の上に乗せる。ほぼほぼ彼の素肌に座る感じになってしまい、ちょっと照れくさくなった。
「睡眠は至福の時だからな。寝ても良いなら、いくらでも寝ていたいのじゃ」
「そっかそっか」と言いながら叶糸が私の頭を優しく撫でる。髪はもういつの間にやら乾かしたみたいだが、無防備な胸筋や引き締まった腹筋を流れ落ちる水滴もいい加減拭いて欲しい。
「……叶糸は、本当に、このまま式を挙げてしまってもいいのか?」
見事な上腕三頭筋から視線と意識を逸らし、真面目な声で訊いてみた。『今更』と思われるのはわかってはいるが、それでもやっぱり確認しておきたい気持ちが捨てきれないからだ。
「当たり前だろう」と言い、ははっと笑う。だけど何故か次の瞬間にはスッと冷たい表情になって、「……まさか、アルカナは嫌なのか?」と呟き、私のふくよかでたわわとした頬を両手で挟んだ。
「ち、ちやうじょ。そういうのじゃにゃいのら」
まともに話せず、まるで幼児だ。
「なんだ、そっか」
ほっとしたのか、そっと手を離してくれた。でも釈然としないみたいで、「……じゃあ何でそんな事を訊いてきたんだ?」と問われてしまった。
「そりゃ、叶糸にはちゃんと幸せになって欲しいからに決まっている、じゃろ」
「幸せに、か。……じゃあ、アルカナは、オレが幸せになるなら、何でもするつもりなのか?」
「そう、じゃな。自殺幇助だけは絶対にしないが、それ以外なら概ね、じゃな」
繰り返された『死に戻り』のせいで失った魔力がまだまだ全然回復していないから、今死なれるのは非常に困るからだ。
「なら、今すぐに獣人の姿の方になってくれるか?」
「この体勢でか⁉︎」
かなり大きな声が出てしまった。だが、アルサ曰く、防音も行き届いた部屋らしいので近隣の迷惑にはならないから助かった。
「そうだ」と叶糸が頷く。ほぼ半裸の男体に座っていても、ある程度平気だったのは、あくまでもマーモットの体だったからなのだ。なのにこの体勢のまま獣人体に変貌するとか……
(私が若人を襲っているみたいになるんだが、いいのか?)
肉体年齢はほぼほぼ変わらないが、実年齢の差があまりにもあり過ぎて変な事が気になってしまう。生きてきた時間的にはミイラが赤ん坊を襲っているようなもんだからな。
「何でもするんだろう?」
意地悪く笑われ、ゾクッと何か変な感覚が全身に走った。開けちゃいけない扉が開いてしまいそうでちょっと怖い。
「す、するとは、言ったが……」
「は、や、く」
吐息混じりに叶糸が耳元で囁く。ただでさえ素敵ボイス持ちっ子だというのに、意図してのコレは狡いと思う。
「わ、わかったから!」とヤケになりながら返し、私は我が身を『龍の獣人』へと変えた。不思議といつもよりもこの姿を維持しやすい感じがするのはきっと、叶糸自身が望んだ影響だろう。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 結婚前夜の静かな緊張と、叶糸くんのあの「は、や、く」…心臓に悪かったです。アルカナがマーモットのまま不安を漏らすのも、叶糸にちゃんと幸せになってほしいって気持ちも、すごく伝わってきて切なかった。最後の変身シーン、甘くてちょっと怖い感じがたまらないです。お二人の結婚式、無事に迎えられますように…🌙
乃希
18,011
設楽理沙
97
🔹羅碧🔹
199
ruruha
821