第12話:見知らぬ駅前
午後11時過ぎ、人影のまばらな市街地。雨上がりの路面が街灯を鈍く映している。
タクシーを探して歩くのは、長身の男性。
茶色のコートにダークグリーンのシャツ、グレーのスラックス。革靴は濡れて光り、短く刈り込んだ黒髪から雨粒が落ちていた。名前は神谷尚人(かみや なおと)、三十八歳。
スマホが震える。
《もう戻れない》
見知らぬ番号からの短文。冗談半分でポケットにしまい、歩き続ける。
気づけば、見慣れない駅前に立っていた。ロータリーにはバスもタクシーもなく、街灯の下には人影がぽつぽつと立っている。
近づくと、それはこれまで尚人が夢で見たような、不自然な光景の断片——赤い自販機、屋上の椅子、無人のホーム、灰色の水面、影だけの公園。
どこからともなく、靴音が複数響いてくる。振り返ると、さっきまで無人だったロータリーに人が集まり始めていた。
その顔は、誰もが尚人自身と同じだった。
駅舎の時計が午前0時を指すと、構内から列車の到着音が響いた。
乗り場は、ただの暗闇だった。
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