テラーノベル
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放課後、空は夏の名残を引きずって、蒼く、重い。
「おじゃましまーす! うわ、ほんとにあった、相談室!」
ドアが開くなり、賑やかな声。
制服も着崩し気味で、笑顔は全開。
一見すると、学校生活を謳歌している陽キャ――そんな印象だった。
蓮司は、開けかけた炭酸の缶を止め、ちらと目を上げる。
「……誰?」
「〇組の結城です! いやー噂聞いて来ちゃいましたよ、例の“ぶっ刺してくる相談室”。面白そうだなーって」
「そういうのは、保健室でジュースでももらっとけ」
「冷たいなあ! あ、でもいいんです。期待通りっぽくて」
笑っている。
明るく、軽く、まるで何もかも冗談のように。
だが蓮司の目は、少しだけ細くなった。
そういうやつは、何人も見てきた。
「……で、何がしたいわけ。誰にも言えない恋の話? それとも“笑ってる自分がいちばんウザい”って自覚の話?」
ぴく、と。
結城の頬がほんの少しだけ引きつった。
「え、やだ。こわ。なんでわかるの」
「だいたい、そういう顔して来るやつは、全部“冗談”に変換しながら、
“ほんとのこと”だけ喋んないからな。
で、最後には“俺、壊れてるっぽいっすね~”って言って帰る」
「……うわ、言いそう」
ふっと笑った結城の顔から、一瞬だけ“演技”がはがれた。
けれどそれに本人は気づいていない。
「まあ、ぶっちゃけますと。誰かを好きになっても、全部ネタにしちゃうんですよね。
“いやいや、ムリムリ”とか“まさか俺が”とか。
告白されたらされたで“ドッキリですか?”って返しちゃうし。
……んで、たぶん、ほんとに誰も本気にしてないし、俺自身も」
蓮司は黙って聞いていた。
目は細めたまま、手元の缶を弄びながら。
「じゃあ、何が欲しいの」
「え?」
「お前、“誰かに本気で好きになられたい”の?
それとも、“本気になった自分を見捨てられたくない”の?」
一瞬、沈黙。
結城は口を開きかけて、閉じた。
そのあと、少しだけ目を細めて言う。
「……後者、かも。
なんか……“好き”って言ったら壊れそうで。
“好きじゃない”って言っといた方が、安全というか」
「安全圏から恋して、何が残るんだよ」
蓮司はぼそりと吐き捨てるように言った。
「“わかってる風”で全部逃げてるやつがいちばん面倒。
恋してないって言えば傷つかないし、
茶化してれば断られたことにもならない。
それで、自分だけ“賢い顔”してるつもりだろ」
「……そんなつもりじゃ――」
「いや、ある。
でも、責めてるわけじゃねえ」
蓮司は立ち上がると、机に残っていた缶を結城に投げた。
軽い音を立てて、それを受け取る。
「お前、そんな面倒な性格してるくせに、まだ誰かを好きになれんの、偉いよ」
「……ん?」
「茶化してんのに、誰かのこと“ちゃんと好きになってる”って、結構すげえよ。
だいたいのやつは、もう最初から恋なんてしなくなるから」
それは、どこか遠くを見るような声だった。
いつもの蓮司の毒気とは、少し違っていた。
結城はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと漏らす。
「……なんか、泣きそう」
「泣いたら笑うわ。めちゃくちゃおもろい」
「……うわ、最低」
「でも、いい顔になったよ。今」
「……は?」
蓮司はもう、視線を外していた。
まるで、もう相談は終わったとでも言うように。
「また来てもいいですか?」
「俺の機嫌が悪くなきゃね。飴とか持ってくればワンチャンある」
「……へえ。ツンデレか」
「死ね」
軽口の応酬。
でもその奥で、ふたりともどこか少しだけ、呼吸がしやすくなっていた。
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