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「……よく笑うな、お前」
開口一番、それだった。
相談室の椅子に腰かけて、少女はへらりと笑っていた。蓮司の視線をまともに受けながらも、手元でスカートの裾をいじる指先だけが不安定に揺れている。
「笑うのが好きなんです」
「違うな。“笑ってると便利”ってだけだろ」
彼の言葉に、少女の指が止まった。
静かな部屋に、蛍光灯のわずかな唸りが響く。
「そんなふうに言われたの、初めてです」
「本音、どこに置いてきた?」
「……そんなの、誰にも言ってないです」
「で、その“誰にも”の中に、今日の俺も含まれてるってわけだ」
蓮司は笑った。人を試すような、冷めた笑み。
「……含まれてないって言ったら、信じます?」
「さあな。ただ、ひとつ言えるのは――」
蓮司は机に肘をつき、ぐいと前のめりに少女を覗き込む。
「お前みたいにずっと笑ってるやつってのはな、誰かに“気づいて”って思ってることが多い」
少女は黙る。
目元の笑みが揺らぐ。けれど、それでも口元だけは笑っていた。
「――わかりやすいな、お前」
蓮司の声には、皮肉と、少しの優しさが混じっていた。
蓮司の声に、少女は目だけで微笑んだ。口元の笑みは崩さぬまま、けれど、ほんの少し“素”をにじませて。
「……気づかれたの、久しぶりです」
「誰か気づいてくれたらって、思ってた?」
問いに、少女は答えない。けれど、否定もしない。
「でも……気づかれたら、めんどくさいことにもなりますよ?」
「なに、それ。“私めんどくさい女です”アピール?」
からかうような調子で蓮司が返すと、少女はふっと肩をすくめた。
「ちょっとだけ、構ってほしいだけです」
「ほら、素直になれるじゃねぇか。最初からそう言っとけよ」
「……最初から素直な子なんて、誰も好きになってくれなかったんです」
その言葉だけ、少し本気だった。
蓮司は、ふぅと小さく息をついて背もたれに凭れた。
「なあ」
「はい」
「お前、自分のこと“壊れてる”とか思ってる?」
「……思ってません」
「うそつけ。そう思ってるやつの顔してる」
少女は目を伏せる。膝の上で組んだ手が、ぎゅっと握られる。
「……壊れてたら、優しくされても大丈夫だって、思えるんです」
「優しくされたくない?」
「……ほんとは、したいほうです。誰かに」
ぽつり、と落ちる声に、蓮司のまぶたが静かに動いた。
その優しさを見られるのが、彼自身いちばん厄介なのかもしれない。
「じゃあ、ひとつ、練習してみるか」
「……練習?」
「俺に、何でもいいから“本音”で話してみろ。嘘つかずに。とりあえず一言でいい」
「……」
少女は少し考えて、それでも笑顔は消さず、静かに言った。
「……いま、誰かに抱きしめてほしいです」
その笑顔は、きれいなまま、泣いているようだった。
蓮司は何も言わなかった。けれど、ゆっくりと立ち上がると、彼女の前まで歩いていって、そっとその頭に手を置いた。
少女は目を閉じる。泣いていないのに、涙のあとが浮かぶようだった。
「お前の“笑顔”が、誰かの鎧になってんなら、壊すのは慎重にやらねぇとな」
蓮司の声は、皮肉混じりのまま、でもどこかあたたかかった。