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ハミデール王都『ハゲチラカス』。
レンガ作りの建物が立ち並ぶ大きな街。
人と人ならざる者が往来する、にぎやかな場所。
A5ランクと思しき和牛を、全力でほおばりながら歩くミノタウロス。
食用スライムの謎の液体を、おいしそうに吸うゴブリンの姿。
反対方向から青々したスライムが、弾むように転がってくる。
人間とモンスターが共生するこの世界は平和そのもの。
道行く人々やモンスターの表情は明るく、どこか楽しそうだ。
そんな街の大通り沿いにある、オープンカフェにレンタロウはいた。
教会に用があるという修道女のエルネスタとは別行動だ。
修道痴女がいると、なにか波乱がおきそうな予感しかしないので、ちょうどいい。
オーバーホールをするという理由で、空気嫁(カタクリ子DX)を、エルネスタが持っていったは気になるところだ。
バトルの時にしか使わないから別にいいか……。
「ご注文はおきまりですか?」
カフェ店員とおぼしきリザードマンが話しかけてくる。
言葉が通じるのは、翻訳機のおかげだ。
「これはいくらですか?」
レンタロウはメニューを指でさし、リザードマンに値段を確認した。
「いえ、違います……」
少し口をひらき、首を傾けるリザードマン。
ニコリと笑ったようだが、その表情からは、彼がどういう心境なのか読み取れない。
何度同じことを訊いても、リザードマンの回答と態度は同じ。
“これはイクラですか?”と、レンタロウは訊いていたらしい。
携帯していれば勝手に翻訳してくれる優秀な翻訳機だが、たまに誤訳する。
ためしに翻訳機のスイッチを切ってみる。
「僕の言葉わかります?」
「はい……その機械は不要だと思います……」
ゴブリンにもらった翻訳機を、レンタロウは全力で地面に叩きつけた。
石畳に寂しくころがる翻訳機。
電源スイッチの隣にある、切り替えボタンが目に入った。
レンタロウは、ポチっと切り替えてみる。
『あら、やだ! お久しぶりじゃない。どうしたの? 可愛い顔が台無しよ!』
「なんで起動メッセージがオネエ言葉なんだよ!」
レンタロウは、再び翻訳機を全力で地面に叩きつけた。
__石畳を行き交う馬車。
カポカポと鳴る馬の足音が心地よく響く。
レンタロウは、道に落ちている馬のウ〇コを頬杖ついて数えてながら、今後の身の振りかたを考えていた。
異世界にも自販機があるのか……。
レンタロウは、視界に入った『ワンコイン自販機』という文字(日本語)を見ながら、大きな溜息をつく。
絶望的な彼とは反対に、幸せそうな人間のバカップルが目の前を通り過ぎてゆく。
“鍵穴をのぞき込んで目をド突かれて死ねばいいのに”と思いながら、謎の飲み物をすする。
傾けたカップから白い底が見えてくる。
路銀は、残りわずか。
お代わりをしようか、ワンコイン自販機で何か買おうか悩んでいた時だ。
道端に落ちているペタンコになった軍手をいじる少女の姿が目に入る。
16歳くらいだろうか。
緑色の目を輝かせ、無邪気に軍手と戯れる少女の姿。なんとも微笑ましい。
金髪ドリルに、高そうなピンクのドレスを纏っている様子から、身分が高いのだろうと推測する。
ワーキャーとうるさいが、まあ小さいから仕方ない。
親の顔を殴りたい……。
そう思うも、レンタロウは生温かい目で見守ることにした。
異世界に来て間もない彼は、騒ぎを起こしたくなかったのだ。
5分ほど経過。
いまだに手袋を裏返してはまた戻すという行為を繰り返す少女。
“そんなに楽しいなら手袋(軍手)を裏返す会社に就職すればよかろうに”と思いながら、レンタロウは小さな背中を眺めていた。
少女は手袋いじりに飽きたのか、辺りをキョロキョロと見回している。
次は何をするのかと思いきや、直径2センチほどのタピオカを、己の口と鼻に詰め始めた。
少女の行動を制止しようか。息の根をとめてみようか。
ミノタウロスの叫ぶ「牛肉最高!」などの声を聞きながら考えていると、“クック、クック”と、幸せの青い鳥の鳴き声っぽい心地よい音が、レンタロウの鼓膜を刺激した。
ふと見やると、口いっぱいにタピオカを詰めた少女は、呼吸困難に陥っていた。
のたうちまわることなく、微動だにしない。
「オマエは食いしん坊のハムスターか?」
レンタロウが、ぼっそりと呟く。半笑いで。
緊急事態にもかかわらず、少女の異変に周りの人々は気づいていないようだ。
1人を除いては……
用が済んだらしいエルネスタが、タピオカ少女の異変に気がついている。
少女の息が止まって59秒の時が経過した。
よく頑張った。そのガッツに免じて助けてやるか……。
人命救助という大義名分を手に入れたレンタロウは、いままでの恨みを晴らすべく、苦しむ少女の後頭部を、ハリセンで殴った。軽めのフルスイングで。
タピっと音を立て、右の鼻からタピオカが1粒放たれる。
直後「オカ!」と少女が言い放つ。
押してダメなら、もう1回押してみな、だよね……。
イラッとしたレンタロウは、彼女の鼻へとタピオカを押し込んだ。
「わたくしにお任せくださいな」
エルネスタが現れた。
レンタロウからハリセンを奪い取る。
「連太郎は空気嫁を装備なさい!」
オーバーホールが済んだカタクリ子を、レンタロウに渡した。
少し重みが増したように思える。
チリチリだった髪が、いまはサラッサラのストレートヘアに変わっていた。
顔面偏差値は、レンタロウが当初、査定した数値『35』には変わりない。
エルネスタが、「ぎゃっふぁ~い!」と言いながら助走をつける。
勢いそのままに、少女の側頭部めがけてハリセンをフルスイングっ!
頭部の痛みより苦しさが勝っているのか。
少女は声をあげることなく、涙目でうらめしそうにレンタロウを仰ぎ見る。
「恨まないでくれ……僕も苦しいんだ……ウソだけど」
ざまぁ! と思いながら、レンタロウは、カタクリ子を武器として装備した。
エルネスタと力を合わせて、タピオカ撤去作業を続けた。
エルネスタが全力で殴った甲斐あって、すべてのタピオカが少女の鼻から飛び出した。
右から3粒。左から1粒。
おまけに口から50粒ほど。
最後の最後に、鼻からポロリとさらに1粒。
「フィーバーしているパチンコ台か!」
レンタロウは込み上げてくる笑いを必死で抑えた。
少女は何か言いそうだが、まだ声を出せない様子。
「あらあら、まあ、まあ……」
少女の母親だろうか。
おっとりとした口調の女性が、2メートルはありそうな深紅のドレスの裾をズルズルと引きずりながら、こちらに向かってくる。
レンタロウの眼前で、ズルズルドレスの女性(略して『ズル女』)が立ち止まった。慌てず騒がず、少女の陥没した後頭部とタピオカに視線を落とす。
「あらあら、まあ、まあ……」
ズル女が、柔和な笑顔をレンタロウに向けた。
緊張とは少し違う、ただならぬ空気が流れていることに、レンタロウは気づいた。
周りにいた人々が、ズル女のほうを向く。
深々と頭を垂れている。
ズル女はハミデール王国王妃なのだと、レンタロウは悟った。
パチンコ台っぽい少女こそが、王女なのだと……。
普通なら“少女が助かった”で終わっていた。
王女と知っていたなら……。
いや、知ってても殴ったけど。
民衆が下を向いているどさくさに紛れて、レンタロウはこの場から逃走を試みる。
1歩……2歩と後退る。
「なあ、エルネスタ……って、あの修道女、逃げやがった……」
エルネスタは、とうの昔に逃走していたようだ。
王女が気づく。
レンタロウの着ている衣服の袖を引っ張りながら、王妃を見上げた。
「あどで(あのね)、このしと(このひと)が、だずげで(助けて)、ぐれんたい(くれたの)」
「鼻水たらして余計なことを言うんじゃない! というか、文末おかしくない?」
レンタロウは、勢い余って王女の陥没した後頭部を張り倒す。
カタクリ子に持たせたハリセンの取っ手部分で。
“ミシっ”という、王族らしい高貴な音を奏でた。
「あらあら、まあ、まあ……」
王妃は慈愛にみちた表情で、レンタロウを見やる。
罠か?
「いや、あの……殴ったのは、|カタクリ子《空気嫁》さんです……」
スキル【愛想笑い】を発動したレンタロウの言い訳は、通用しなかった。
王妃の笑顔に気を取られ、レンタロウはすぐさま護衛らしき者たちに取り押さえられた。
体育座りの姿勢で縛られたレンタロウは、馬車に放り込まれる。
レンタロウは、そのままミデール城へと連行されるのだった――。